恐ろしい…試料の容器吸着(後編)

UHPLC Technical

LCtalk97号 TEC
島津製作所 技術顧問 浅川直樹

前編では,試料の容 器吸着のメカニズムとその抑制法の概略について紹介した。後編では,容器への吸着メカニズムに基づき開発した低吸着バイアル“LabTotal Vial”(ガラス製)と“TORAST-H™ BioVial ”(ポリプロピレン製)について,その特徴とこれらバイアルにおける塩基性化合物およびペプチド等の吸着抑制効果について紹介する。

(1) LabTotal Vial

LabTotal Vialは,ガラスバイアル表面への塩基性化合物吸着を抑制したバイアルである。図1に,LabTotal Vialと市販ガラス製バイアル(A,B)に中性化合物と塩基性化合物の混合液を分注し,その効果を検討した際のクロマトグラムを示す。

図1 LabTotal Vial の効果
図1 LabTotal Vial の効果

ポリプロピレン(PP)製バイアルを100 %としたときの各バイアルにおけるピーク面積の割合を括弧内に示した。この結果,市販ガラス製バイアルでは,塩基性化合物のピーク面積低下が確認された。 前編で紹介した通り,塩基性化合物は,ガラス表面のシラノールとの相互作用により吸着しやすい。この吸着は,試料溶媒の工夫により抑制することは可能であ るが,LabTotal Vialではバイアル表面の吸着が抑えられているため,試料溶媒への配慮が不要となる。

表1に,4種の塩基性化合物によるLabTotal Vialと市販ガラス製バイアル(A,B)との比較例を示す。複数の塩基化合物において,LabTotal Vialの吸着抑制の有用性を確認することができた。

前編では,目的成分の物性に基づいた吸着を抑制する方法について紹介したが,未知の化合物や複数の化合物を分析する場合,試料溶媒による吸着抑制の対処は一般的に困難となる。

表1 4種の塩基性化合物による各バイアルの比較例

化合物 アミトリプチリン アテノロール イミプラミン プロプラノロール
LabTotal
Vial
51376
(100 %)
8638
(100 %)
64990
(100 %)
32249
(100 %)
バイアルA 45376
(88 %)
7620
(88 %)
55531
(85 %)
31496
(97 %)
バイアルB 21788
(42 %)
6137
(71 %)
24131
(37 %)
27327
(84 %)

(上段:ピーク面積,下段:LabTotal Vialの面積を100 %としたときの各バイアルでの割合)

図2に,疎水性基と塩基性基を有するアミオダロンをLabTotal Vial,市販PP製バイアルおよび市販ガラスバイアルBでのクロマトグラムを比較した結果を示す。

図2 アミオダロンによる比較クロマトグラム 1)
図2 アミオダロンによる比較クロマトグラム1)

アミオダロンは,PP製バイアルでは疎水的吸着,ガラス製バイアルではイオン的吸着と疎水的吸着により,ピーク面積が低下したものと考えられる。バイアル に吸着する目的成分が一定量であれば(バイアル間の差が少なく,均一に製造されていれば),低濃度試料であるほど吸着による顕著な濃度低下が観察され,結 果として検量線の直線性を低下させる要因となる。LabTotal Vialは,吸着を抑えることで,目的成分の物性,試料濃度に合わせたバイアルの使い分けを必要とせず,第一選択肢として使用可能なバイアルと位置付ける ことができる。

LabTotal Vial は,成形条件の最適化により,ガラス表面形状を安定化し,吸着を抑制したためと考えられる。図3 に,LabTotal Vial と市販ガラス製バイアルの表面観察を行った結果を示す。

図3 ガラス表面観察の結果
図3 ガラス表面観察の結果

両バイアルの表面形状を比較すると,LabTotal Vialの表面が滑らかであることがわかる。一方,市販ガラス製バイアルは,試料の接触面積が大きいため,吸着が起きやすくなっていることが推察される。 今後,表面の化学的解析をさらに進め,吸着抑制のメカニズム解明を目指したい。

(2) TORAST-H™ Bio Vial

TORAST-H™ Bio Vialは,親水基を容器表面に化学結合させた低吸着バイアルである。例えば,ペプチドのバイアルに吸着する主なメカニズムは,疎水的吸着とイオン的吸着 である言われている。ガラス製バイアルでは,主にガラス表面のシラノールとのイオン的吸着を,またPP等のポリマー製バイアルでは,主にポリマー表面との 疎水的吸着を生じることが知られている。

図4に,ミオグロビンのトリプシン消化物による各バイアルの比較例を示す。保持時間約7 ~ 8分に検出される極性の高いペプチドは,ガラス製バイアルに顕著な吸着が,また約12 ~ 17分に検出される疎水性の高いペプチドは,PP製バイアルに顕著な吸着がそれぞれ確認された。一方,TORAST-H™ Bio Vialでは,これらの吸着が抑制されていることが確認された。

図4 ミオグロビンのトリプシン消化物による各バイアルの比較例

図4 ミオグロビンのトリプシン消化物による各バイアルの比較例

1) アミオダロンによる比較クロマトグラムは,国立研究開発法人 国立循環器病研究センター薬剤部様との共同研究で得られたデータ

※1のピークにおいて,TORAST-H™ Bio Vialはガラス製バイアルに比べ,約40 %の回収率の改善(ピーク面積比較)が確認された。また,※2のピークにおいては,PP製バイアルではピークがほとんど確認できなかった が,TORAST-H™ Bio Vialではピークの検出が可能となった。

以上,近年のLC/MSを始めとする高感度定量が追究されてきている中,試料調製時の容器への吸着現象は分析法の信頼性確保に深刻な課題となることは言う までもない。本稿が多くの分析者の参考になれば幸いである。なお,島津グループでは分析法の信頼性確保に向け,試料調製から測定に至る一連のプロセスでの 吸着抑制検討を継続中であり,逐次,その成果を紹介していきたい。 <完>
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続編(ポリプロピレン製ピペッターチップにおける試料吸着のメカニズムと吸着抑制チップの開発)はこちらNew!
 

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LabTotal Vial
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