LCtalk60号in the LAB

 LC-MS分析の"化合物をイオン化(=検出)しなければならないため,移動相が制限される"ということについては,広く認識されるようになってきたと思います。 そのため,LC-MSを所有しなくても,将来的にLC-MS分析に移行できるように,はじめからLC-MS分析に適した移動相を用いた分析条件検討を行っておく・・・という考えも増えてきているようです。

 ところが実際には,LC-MS分析に具体的にどのような移動相を使ったらいいか?・・・と悩まれることも多いようです。 残念ながら,すべての分析に適用できる「夢の移動相」は存在せず,また制限があるとは言え,あらゆる条件を検討することは至難の業です。 そこで,私たちはできるだけ短時間に満足の行く分析条件を探し出すため,ある程度パターン化された分析条件検討手順を踏んでいます。

 ここでは,その手順の一部である2液グラジエント溶出法における第一選択移動相の基礎についてお話します。 万能ではありませんが,これまで行った分析条件の多くは,この第一選択移動相を用いることで良好な分析結果を得ていますので,ぜひ参考にしてください。

「推奨溶媒(基本移動相)」

  エレクトロスプレー法:ESI は,比較的極性の高い化合物を対象としており,高電場中に移動相を噴霧することで微細帯電液滴を形成,イオン蒸発過程を経てイオン化を行います。 このため,以下に示す溶媒が推奨溶媒(基本移動相)となり,その必要条件は,極性化合物を溶解できる(水,極性有機溶媒)こと,微細な帯電液滴を形成させやすい(低溶媒粘度,揮発性塩)ことです。

  推奨溶媒(移動相)
 
  • メタノール,2-プロパノールなどのアルコール類
  • アセトニトリル
  • アセトン
  • 水や揮発性水溶液
    酢酸,酢酸アンモニウム
    ぎ酸,ぎ酸アンモニウム
    トリフルオロ酢酸,アンモニア水
  • 揮発性イオンペア試薬
    パーフルオロカルボン酸(C2~C8)
    ジブチルアンモニウム酢酸

第一選択移動相

 上記推奨溶媒を踏まえて,最初に試してみる移動相が第一選択移動相(移動相AとB)です。

  第一選択移動相
 

 移動相A: 0.1 % ぎ酸水溶液

  • 分子量が小さい(M.W. = 46)
  • 低いpHに調整できる
  • コンタミ, 汚染が少ない
  • においがしない


 移動相B: アセトニトリル

  • ESIのイオン化効率がメタノールより高い

■移動相A:0.1% ぎ酸水溶液
 ぎ酸水溶液を用いる理由は,以下の通りです。


(1)酢酸やトリフルオロ酢酸などに比べて分子量が小さいことがあげられます。 負イオン分析では,これらの酸が脱プロトン分子および2量体の脱プロトン分子で観察されますが,分子量が小さい方が,妨害が少なくなるから有利です。


(2)塩基性化合物の分析には,酸性添加移動相が多く用いられますが,LC-MS分析では医薬品をはじめ塩基性化合物を取り扱うことが多いためです。


(3)低いpH移動相での分析は,残存シラノールを非解離型に保つことができるので,塩基性化合物の吸着(テーリング)を抑える効果があります。

ODSカラムの残存シラノールについて

(4) 調製した移動相のコンタミネーションや汚染に気をつけなければなりませんが,一般にぎ酸移動相は酢酸移動相に比べその度合いが低いと言われています。 LC-MS分析では移動相や添加物の純度が大きく影響します。 LC-MS用の移動相などが販売されていることからも分かるように,高感度分析を目指す場合には移動相や添加物の純度に気を配る必要があります。


(5)これは科学的なことではないのですが酢酸などと違い, ぎ酸はにおいが気になりません。 においを理由に,酢酸を避けてぎ酸を使っているということもあります。

■移動相B:アセトニトリル
アセトニトリルを用いる理由は,以下の通りです。


 ESIのイオン化効率はメタノールよりアセトニトリルを利用した方が高いです(微細液滴生成には溶媒粘度が低い方が良い)。

 なお,移動相Bに酸を添加していないのは,酸添加の効果を確認しやすいためです。 中には有機溶媒にも酸を添加した方が良い場合もありますが,本当に必要かどうかを確認してから添加する方が理想的です。


  第一選択分析条件は,酸性条件にしていますが,化合物により酸ではなくアンモニウム塩または塩基性条件を用いた方が良い場合もあります。 このため,条件検討では水系移動相の変更は必須です。 この時,有機溶媒も水系移動相に合わせて変更していると,準備しておく移動相の種類が多くなり,邪魔になります。 邪魔になるだけならまだしも,せっかく高価な純度の高い移動相を購入しても保存時にどんどん純度が悪くなり高純度移動相の意味がなくなってしまい,大きな 無駄が生じます。 LC-MSの移動相はできるだけ用時調製,使いきりが原則で,添加や秤量などの操作中のコンタミネーションを極力避けるよう心がける必要があります。

カラムの選択

 カラムの選択に関しては,金属含量の低いシリカ担体(粒子径3μm)に, オクタデシルシリル基が化学結合され,十分なエンドキャッピングが施されたカラム(例えば,Shim-pack FC-ODS)が何かと便利です。 粒子径3μmなら,それほど高圧をかけずに高速分離が可能となり,溶出条件の確認など分析条件検討時においても時間短縮が可能となります。

 LC-MSの分析条件について(その2)では,第一選択移動相を用いて簡単な分析を行い,LC-MSの分析条件を決めていく過程についての話をします。 (Mu)

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