有機酸は,食品のうまみ成分として,アミノ酸や糖と並んでよく分析されています。 今回は,この有機酸のHPLCによる分析法について解説します。

分離法

有機酸の主な分離モードとしては,一般に陰イオン交換,イオン排除,逆相の3種類があります。 以下に各モードの特長を簡単に説明します。

・イオン交換モード
充てん剤の正イオンを,移動相中の負イオンと有機酸イオン(負イオン)で奪い合って分離するモードと言えます。 有機酸のイオン半径やイオン価数によって,カラムへの保持挙動が変わります。 多くの有機酸を分離するには,グラジエント溶出法が必要で,分析時間も長くなります。

イオン交換モード

・イオン排除モード
有機酸分析では最も多用されているモードで,充てん剤としては,H(水素)型陽イオン交換樹脂が用いられ,有機酸は固定相(H型イオン交換基)-移動相間におけるDonnan(ドナン)排除の大小により分離できます。  このモードでは,固定相の負電荷により,強酸は大きな静電的排除を受けて充てん剤ポア内部に浸透できませんが,有機酸のような弱酸はその電荷の大きさ(pKaと考えてください)により,どれだけポア内部へ浸透できるかが決まり,溶出時間の差(分離)が生じるわけです。 右下に示す溶出例においても,大きな負電荷を持つ(pKaの小さい)クエン酸や乳酸が,酢酸などと比べより大きな静電的排除を受けるために,より早く溶出しています。 このように,有機酸は原理的には pKaの小さい順に溶出し,中性物質の溶出位置(完全にポアに浸透した位置)までにすべて溶出することになります。

イオン排除モード

しかし,実際は一部充てん剤基材(スチレン-ジビニルベンゼン)との疎水性相互作用も生じるため,特に疎水性の高い有機酸の溶出は遅くなることがあります。 たとえば,酢酸と吉草酸の溶出時間を比較した場合,両物質のpKaにはほとんど差はありませんが,吉草酸は酢酸に対して大幅に遅れて溶出します。 これは吉草酸が充てん剤基材による疎水性相互作用でより強く保持されたためです。

このように,イオン排除モードでは,主に「固定相の負電荷による静電的排除」,「固定相マトリックスとの疎水性相互作用」,「固定相ポアへの浸透」の3つの要素が複合的に作用することにより溶出時間が決定されます。 このモードは,移動相条件をあまり調整しない簡便な方法のため広く用いられています。


・逆相モード
HPLCで最も汎用性の高いモードですが,有機酸分析にはそれ程広くは用いられません。 これは,有機酸が親水性であるため,十分な保持や選択性を得られないことが多いからです。 しかし,最近では親水性の高い物質をも十分保持させることができる逆相用カラムも市販されるようになっています。

* pKa値は,生化学データブック(1979),化学便覧基礎編改訂2版(1975) より。 種々の文献を比較すると最大0.3の差があるが,2000年以降の Merck Index,米国化学学術資料,化学辞典,生化学辞典,などに数値が近くて各成文データの揃っている旧文献を採用した。

検出法

最も簡便な検出法は,UV直接検出法で,カルボキシル基による200~210nmの吸収を検出します。 しかし,この波長領域では多くの有機物が吸収を持つため,夾雑物による妨害がとても大きく,よほどきれいな試料でないと正確な定量は困難です。 示差屈折率検出器を用いることもありますが,選択性が乏しいことに加え,感度面での課題が残ります。 また,電気伝導度検出器による直接検出では,移動相のバックグラウンド電気伝導度を下げる必要があります。

有機酸を選択的に高感度検出するポストカラム法としては,pH指示薬-可視吸光検出法や,pH緩衝化-電気伝導度検出法があります。 pH指示薬法は,有機酸によるpH指示薬の色変化を利用した検出法ですが,直線性や操作性に難があります。 一方,pH緩衝化法は,感度,選択性や精度に優れた方法です。

pH緩衝化法

有機酸分析で広く用いられるイオン排除モードでは,通常酸性移動相が使われますので,有機酸のような弱酸は解離が抑制された状態にあり,かつバックグラウンド電気伝導度が高い状態にあるため,そのまま電気伝導度検出を行っても十分な感度が得られません。そこで,カラム溶出液にpH緩衝化試薬を連続的に加えてpHを中性付近にすることにより,有機酸の解離を促進し,かつバックグラウンドノイズを低減し,電気伝導度検出器で有機酸を高感度に選択性良く検出しようという方法です。
右に酢酸イオンを例にして溶離液pHと解離度の関係を示します。 カラム内のpH(約3)では酢酸はほとんど解離していないので,カラムでのイオン排除が弱く他の有機酸と良く分離できます。 一方検出器入口ではpHは中性なので,酢酸はほとんど解離しています。 pH緩衝化試薬によるこのような解離の促進によって,高感度で検出できることがわかります。
つまり,この方法は移動相のバックグラウンドを下げ,かつ有機酸の解離を促進し感度を上げることができ,一石二鳥というわけです。

pH緩衝化法における有機酸の状態
カラム内分離中はほとんど非解離,検出時点ではほとんど解離

pH緩衝化法では,有機酸を感度良く,かつ選択的に検出できるだけでなく,検量線の直線領域が広いため,濃度範囲の広い分析対象試料にも有効な方法で,島津有機酸分析システムに採用されています。
下左図は,醤油の分析例です。本システムを用いることにより,醤油のような試料でも,夾雑物の妨害もなく精度良く有機酸分析ができます。  (Yt,Wk)

醤油のクロマトグラム

有機酸分析システム