ATRとは,Attenuated Total Reflection(全反射測定法)の略で,試料表面で全反射する光を測定することによって,試料表面の吸収スペクトルを得る方法です。
ATR法の特徴としては,他の表面分析手法に比べて簡便であること,吸収強度が波長に依存していること,試料への光の侵入深さを入射角,プリズムの屈折率を変えることで調整できること,などがあげられます。
ATR法を上手に活用し,測定したATRスペクトルを正しく解析するには,これらATRの特性をよく理解しておく必要があります。

 

(1)ATR法の原理

多重反射形全反射測定法
図 1 多重反射形全反射測定法

図1に示すように赤外領域に透明な高屈折率媒質(プリズム)に試料を密着させ,プリズムから試料内部にわずかにもぐり込んで反射する全反射光を測定すると,試料表層部の吸収スペクトルを得ることができます。 このとき赤外光は試料表面から数μm程度の比較的深い領域までもぐり込みますが,このもぐり込み深さは,空気中での赤外光の波長(λ),入射角(θ),プリズムの屈折率(n 1 )と試料の屈折率(n 2 )に依存し,その関係は次式で表わされます。

数式

ここで,もぐり込み深さdpは,光の強度が表面における強度の1/eになる距離で定義されます。 もぐり込み深さを調節するには,入射角を変えるか,屈折率の異なるプリズムを用いればよいことになります。 たとえば,もぐり込み深さをより浅くしたい場合は,入射角を大きくし,屈折率の大きいプリズムを用います。
また,もぐり込み深さは波長に依存しており,ATRスペクトルは長波長側(低波数側)になるほど吸収強度が強くなります。 したがってATRスペクトルのベースラインは,右下がりになる傾向がありますが,ATRスペクトルを波長の逆数(1/λ)で補正すると,透過スペクトルと同じようなピーク強度比をもつスペクトルに直すことができます。
ATRスペクトルのピーク強度を左右するファクターとして,プリズムと試料の密着性および試料の面積があげられます。プリズムと試料との間に空気層があると,プリズムからしみ出る光が試料に届きにくくなるため,測定に際しては,なるべく密着度をよくする心要があります。 また,吸収の強すぎるような試料の場合は,試料を押さえつける力を加減してピークの強度を調節することができます。 試料の大きさについては,プリズムとの接触面積が大きいほど反射回数が多くなるために吸収強度が強くなります。
ATR法で対象となる試料は,主に滑らかな平面を持った固体試料ですが,その他にも粉末試料や液体試料などの測定もできます。 その場合には,プリズムが水平状に設置されたATR装置を用いますが,これによると液体なども容易に,しかも再現性よく測定することができます。

(2)ATR測定装置

ATR測定装置は,高屈折率をもったATRプリズムとミラーの組合せで構成されています。 図2は,ATR測定装置ATR-8000の外観,図3はその光学系です。 ATR-8000は,試料への光入射角度を30°,45°,60°の3段階に変えられるようになっています。 通常は45°にセットして試料をプリズムの両面に密着させて測定を行います。 なお,ATRプリズムとしては,KRS-5のほかGe,ZnSeなども使用できます。

ATR測定装置ATR-8000の外観
図 2 ATR測定装置ATR-8000の外観
ATR測定装置ATR-8000の光学系
図 3 ATR測定装置ATR-8000の光学系

(3)測定例

図4は,シリコンゴムをATR-8000で測定して得られたATRスペクトル(緑色)です。 赤色のスペクトルは吸収強度を波長の逆数で補正したスペクトルです。 補正後のスペクトルは,低波数側の吸収が弱くなっており,透過スペクトルにより近い形になっています。

シリコンゴムのATRスペクトル(KRS-5プリズム使用)
図 4 シリコンゴムのATRスペクトル(KRS-5プリズム使用)

ATR法の注意点 その1,その2へ

もぐり込み深さ補正したシリコンゴムのATRスペクトル
図 5 もぐり込み深さ補正したシリコンゴムのATRスペクトル