vol.24 FT-IRによる高分子材料関連物質の成分分析および異物分析技術

FTIR TALK LETTER
谷川征男所長

2015年5月 発行
 谷川征男所長
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合同会社IR分析研究所
(ご所属・役職は2015年5月発行時)

1.はじめに
 FT-IRスペクトル分析(IR分析と略記)の最も利用頻度の高い分野はプラスチック関連材料である。IR分析の低廉ながら迅速に有機無機にまたがる広範分野を適用範囲とする特徴は,新規材料商品調査,品質管理,異物分析,製品クレームやトラブルにおいてその真価を発揮している。さらに進んで新材料開発での高価な高度分析に無駄なく情報を引き渡す前段階のステップとしても,他に換えがたい分析手法である。
 プラスチック材料成分分析では,樹脂主体の成分組成と,樹脂に添加されている多くの副材料の成分同定とが分析目的となる。前者の樹脂主体は,樹脂の使用目的や機能に係わる第2,第3の樹脂成分ポリマーブレンド,ポリマーアロイ,さらには共重合モノマーによる物性改質までが含まれている。さらに後者の添加剤と総称される副材料群には,製造工程での化学的安定化,製品の目的機能効果の発現,品質向上または維持のために加えられるものなどがある。添加剤には有機物質と無機物質の広い範囲の物質群が使用されているのが大きな特徴である。
 一般的な材料同定分析や成分分析では,物質の名前付けが主要な目的であり,ポリマーの詳細な立体構造解析や超微量成分の定量を行うことはない。高価な高度分析装置類の適用範囲の狭さやデータの奥深さなどは,必ずしもこの分析要求に沿ったものにはならず,IR分析法が提供する分析結果に比較すべき機器は存在しないと言っても過言ではない。
 異物分析では,異物が現代物質文明下で生じた混入物や物質破片や老廃物などであるため,対象物は多方面の工業分野にわたる広範な物質範囲が含まれ,多様な物質の混合状態と存在状態にあり,かつ大きな固まりから極微量分析領域の濃度範囲までを考慮した幅広い分析要求に対応せねばならない。しかしながらIR分析は,FT-IR装置1台と各種付属装置,X線分析情報,簡単な分離手段の支援があれば,ほとんどの異物分析要求に対応することが可能である。
 IR分析法の幅広い対応力は最も有用な分析機器の一つであると認められていながら,実際には経験に頼るIRスペクトル解析実務が災いしてIR分析の利用価値を大きく減じているのは否めない。論理的解析ができないIR分析の欠点をカバーするためには,莫大な情報量を持つ市販IRスペクトルライブラリー(IR-DB)の十分な活用が不可欠である。検体が単成分で検索作業のみで運良く解決できる事例は僅かであり,IR-DBから汲み取れる添加剤を含む樹脂商品のパターン変化,共重合体樹脂商品の存在範囲など化成品としての広がりなどを参考にすると共に,パターン類似性の検索により,部分化学構造が有する特徴パターンを組み合わせた概略の化学構造の推定を行うことができる。
 実務例として,プラスチック材料やその抽出物に見られる多様な混合物状態のIRスペクトル解析は大きな困難を伴う。測定された混合物スペクトルパターンの解釈は,機械的検索結果だけに頼ったり,解析の教科書を片手にピーク位置を探るだけでは,何ともしがたいものである。これを手助けしてくれるものが工業材料に係わる経験的な知識や常識と純プラスチック材料のスペクトル知識である。プラスチック材料,副材料や添加物など工業材料に対する広いスペクトル知識と技術的知識は,ライブラリー検索時に訪れる混在する成分候補の取捨選択を迫られる場面に於いて大きな力となり,正当な第1成分擁立を手助けしてくれ,さらに正当な第1差スペクトル作成の大きな力になることを知っていただく必要がある。同様な過程を経て,第1差スペクトル中から正当な第2成分を擁立し,正当な第2逐次差スペクトルを作成する。このような手順を踏んで3成分混合スペクトルくらいは解析が可能となる。

2.プラスチック材料のIRスペクトル解析と差スペクトル利用
 有機化合物純物質とポリマーの基本構造単位(モノマー単位)が同じ構造の場合,IRスペクトルはほとんど同形で,末端官能基部分の微細差異が現れるだけという特徴がある。無極性樹脂ではこの傾向は顕著でパターンの分子量依存性は極めて僅かである。しかし結晶性ポリマーや分子内会合が存在する極性樹脂では,例えばポリエチレングリコール-200と同-20Mとでは別物と言えるほど異なるといった例も存在する。
 図-1は汎用プラスチックの一部のIRスペクトルをモノマー単位化学構造ごとに主たる吸収帯位置を黒のバンドで図示し,強度を帯の幅で示している。このような官能基とケミカルシフトとを対比させた図を通称コルサップの表と称している。モノマー構造単位にはそれぞれ特徴的な固有のパターンを示す領域があり,極めて有効な定性情報となる。図には2から3種のモノマー成分から成る共重合体も含まれるが,それぞれのモノマー単位から成るホモポリマースペクトルパターンを重ね合わせたものになると言っても過言ではない。

図-1 ポリマーのコルサップ表

図-1 ポリマーのコルサップ表

 図-1では行間にそれぞれの樹脂を断定できるほど特徴的な部分を手書き図で書き加えたが,2段目のAS樹脂(アクリロニトリル・スチレン共重合体)などでは,2240cm−1のピークを見ただけでアクリロニトリルモノマーがあることが断定され,工業材料として存在する樹脂名の可能性がわずか数種類に絞ることができる。
 ポリマーに添加剤が加わると,添加剤のスペクトルパターンがこれらに上積みされ,図-2に例示したように,前図-1最上段のポリスチレンパターンがこのように複雑に変化したものになる。このポリマー材料での差スペクトル法成分解析例について説明する。

図-2 ポリスチレンに多量の充填剤を含む高分子材料のスペクトル

図-2 ポリスチレンに多量の充填剤を含む高分子材料のスペクトル

(解釈)検体スペクトルの3000cm−1領域の部分的パターン検索でベンゼン環モノ置換体芳香族化合物主体でポリスチレンが上位のヒットリストが得られる。ヒットリスト中物質と検体の堅く脆い性状と,ベンゼン環モノ置換体芳香族の汎用樹脂はポリスチレンだけという工業常識を併せ,主体成分(第1成分候補)はポリスチレンと断定する。次いでポリスチレンのスペクトルを引いて第1差スペクトルを作成する。

図-3 第1差スペクトルの作成

図-3 第1差スペクトルの作成

(解釈)第1差スペクトルには,3600cm−1付近の結晶水と538cm−1の存在からケイ酸塩系無機物,3000cm−1付近にアルキル基不在で1600cm−1以下のシャープなピーク群から芳香族化合物が存在し,2物質の混在が推察される。2本の結晶水ピークの位置と1026,1000cm−1のピークから,カオリンを第2成分候補とする。第2逐次差スペクトルを作成する。

図-4 第1差スペクトル中の第2成分候補擁立と第2逐次差スペクトルの作成と第3成分候補の確定

図-4 第1差スペクトル中の第2成分候補擁立と第2逐次差スペクトルの作成と第3成分候補の確定

(解釈)最終的第3逐次差スペクトルはほとんどノイズであり,0.1%(1000ppm)を越える第4成分は存在しない。この検体がポリスチレンとカオリンと銅フタロシアニンブルーの3成分から成っていることが確認された。

 この差スペクトル演算の精度は,FT-IRによるスペクトル精度の高さと,IRスペクトルが有する吸光度加成性とにより裏打ちされており,混合物スペクトル解析における差スペクトル法の重要性は高い。

3.IRスペクトルの加成性
 高分子混合物において,光学的相互作用は通常無視できるので,混合成分のIRスペクトル吸収強度は成分の重量分率に比例する関係になる。混合物中i成分のキーバンド波数における合算された吸光度(Abs)は,

Abs(keyband)

=Σ[log(T(base)i/T(top)i]

 

=K1*Ws*f1+K2*Ws*f2+

 

  …Ki*Ws*fi……

 

=Σ(Kn*Ws*fn)

Ws ; 観察部での全成分(試料)の重量

Fi  ; 同 重量分率

Ki  ; 成分i番の,その波数での単位重量当たり 吸光係数で負もある

 となり,他の物質を混じた後の母体樹脂の分率をx軸にすると,吸光度—分率グラフは,y=ax+b形の直線となる。y切片bの値は混合成分単体がその波数で示す単位重量ないしモル当たり吸光度である。この式の関係は図-5のように描ける。

図-5 混合物の成分定量法の模式図

図-5 混合物の成分定量法の模式図

 固体状態試料で濃度直線性があることへの疑問には,各成分純物質の固体フィルムを想定し,濃度分率を厚さ比に置き換えて張り合わせた積層膜の測定を想像すれば理解される。そういう意味の各成分重量あたり吸光度の加成性法則で,溶液理論に関わるランバート・ベアの法則とは場を異にするものである。
 定量ばかりでなく,先の差スペクトル,逐次差スペクトルの検索においてもこの加成性則は重要な役割を担っている。第1成分を試料スペクトルから差し引いて差スペクトルを作り,これを第2成分以下の同定検索用スペクトルとして使う。加成性則が各混合成分それぞれのスペクトル分を保全している証しである。

4.混合成分解析の実務での組成定量
 異種ポリマーブレンドの組成定量をキーバンド吸光度比によって行うことも可能である。この方法では分子分母のキーバンドピーク吸光度が相反して増減するため,検量線は一般的に曲線に成る。
 図-6のポリプロピレン/エチレンビニルアルコール混合系ではこの傾向が顕著である。PPのメチル基C−C(非結晶バンド)の970−980cm−1を分母に,ビニルアルコールのC−O基1100cm−1を分子にして面積吸光度比を計算している。

図-6 PP/EVOH混合系の検量線

図-6 PP/EVOH混合系の検量線

 ポリマーブレンドで検量線用標準物は一般的には製作できないので,系列物質のライブラリーデータを利用し,記載された共重合モル%や混合比を利用して検量線を作成する方法もある。
 図-7はSBRゴムのモノマー成分配合率をIR-DBデータから求める作業で作成したものである。

図-7 SBRの3成分モノマー比によるパターン変化

図-7 SBRの3成分モノマー比によるパターン変化

図-8 市販ライブラリーデータからの検量線例

図-8 市販ライブラリーデータからの検量線例

 スチレン濃度60モル%以上は1028/970cm−1ピーク面積吸光度比を使用し,低濃度域では1495/1452比を利用してスチレン/ブタジエンモル比が求められる。ABS樹脂の場合は2240cm−1のアクリロニトリルモノマーの−C≡N基と1452cm−1のブタジエンCH2基吸光度比を加えることで定量可能である。
 接着剤用ポリエステル樹脂ではイソフタル酸モノマーが多く使われ,テレフタル酸芳香核との吸収度比からコポリエステルモノマー比が求められる。この検量線はベンゼン核1610cm−1と1510cm−1の高さ比をライブラリースペクトルから読み取って作成したもので,芳香族ポリエステル樹脂のイソ/テレフタル酸モノマー組成が推定できる。

図-9 ポリエステルのイソ/テレフタル酸モノマー組成の推定

図-9 ポリエステルのイソ/テレフタル酸モノマー組成の推定

5.エンジニアリングプラスチック 混合成分の組成分析
 充填剤を含むエンジニアリングプラスチックの組成分析を差スペクトル利用により行った例を図-10,-11に示す。
 1400,880cm−1の特徴的なパターンは充填剤の炭酸カルシウムによるのは明らかであるが,このままライブラリー検索をしてもエポキシ系接着剤商品が多く検索され的確な回答は得られない。
 試料スペクトルから名称引きした炭酸カルシウムの標準スペクトルを用いて両者の差スペクトルを作成すれば,図の差スペクトルが得られ,ライブラリー検索の結果はポリフェニレノキサイド(PPO)が上位に,ポリフェニレンサルファイド(PFS)が下位にヒットする。

図-10 複合エンジニアリングプラスチック(中央)の組成分析例

図-10 複合エンジニアリングプラスチック(中央)の組成分析例

図-11 差スペクトルの解析

図-11 差スペクトルの解析

(解釈)差スペクトルには炭酸カルシウム,PPO,PSFが混合されていることが確認された。

 芳香族ナイロンを含むナイロン樹脂の成分分析例を図-12,-13に示す。図-12はナイロン6/12に芳香族ナイロンが混合した樹脂のスペクトルで,どの様な芳香族ナイロンであるかを解析した。
 図-12のスペクトルは芳香族ナイロンを含まない6/12との対比で,見た目には差異が判らない。両者の差スペクトルを作成しライブラリー検索すると,図-13のようにナイロン9,T(ポリノナンジアミンテレフタルアミド),ナイロン11,T(ポリウンデカンジアミンテレフタルアミド)のパターンが近いことが判る。この先は熱分析の熔融曲線の結果で何れかを決める必要がある。

図-12 Nylon6/12(赤)とブレンド品(黒)との比較

図-12 Nylon6/12(赤)とブレンド品(黒)との比較

図-13 差スペクトルと半芳香族アミド類とのパターン対比

図-13 差スペクトルと半芳香族アミド類とのパターン対比

6.無機添加物のIRスペクトル解析
 [IR分析の対象となる化合物]

  • 金属酸化物(酸化・水酸化物,さび,顔料,難燃剤)
  • 塩類(顔料,充填剤,難燃剤,環境中異物)
     炭酸塩,塩基性炭酸塩(銅,鉛表面),硫酸塩,リン酸塩,
     珪酸塩,クロム酸塩,硝酸塩,亜硝酸塩,蓚酸塩,
     アンモニウム無機塩類
  • 工業薬物(青酸塩,蓚酸塩,亜砒酸塩,アジ化ナトリウム)
  • 金属錯塩
  • 有機金属化合物

 無機物の多くは塩の形態のものが多いが,その構造の半分を占める陽イオンでIRスペクトル情報を与えるのはアンモニウムイオンくらいであり,他の分析原理,とくにX線分析機器の力を借りる必要がある。しかし陰イオンに関しては有用な情報を与え,化合物定性にはなくてはならないものである。
 無機物のIRスペクトルは,極端に幅広く強い吸収とシャープな陰イオン吸収が混在するスタイルが多く,物質同定が容易である。しかし酸化物や塩化物などの塩類はブロードであり,有機物などシャープな形状の物質が混在すると,その存在さえも見落とすことがある。従ってブロードなIRスペクトルの成分同定にはX線分析情報が不可欠なものである。

図-14 無機化合物の吸収帯7ブロック区割り

図-14 無機化合物の吸収帯7ブロック区割り

表 プラスチック添加剤関連無機物質のIR吸収帯

表 プラスチック添加剤関連無機物質のIR吸収帯

6-1.差スペクトル法の高度利用による難燃性樹脂の成分解析

 無機物を充填したポリマーには耐熱性を向上させ,また難燃性を付与する組成物がある。このスペクトル解析を逐次差スペクトルを利用して行った例を紹介する。  手順1の黒線スペクトルが難燃性樹脂を唄った解析対象である。

手順1. 対象スペクトルの単純検索結果

手順1. 対象スペクトルの単純検索結果

(解釈)ケイ酸塩充填のスチレン系ポリマーは間違いである。1018,452cm−1から無機ケイ酸塩のタルク(含水ケイ酸マグネシウム)が充填されたポリエチレン樹脂である。

手順2. 差スペクトルの作成

手順2. 差スペクトルの作成
  1. 対象スペクトルからタルクを引いた第1差スペクトル(青)を作成する。
  2. 第1差スペクトルには740cm−1にブロードなピークが存在し,金属酸化物と推察される。難燃性樹脂の前提での工業知識で浮かぶのは三酸化アンチモン(Sb2O3)であり,IR-DBにスペクトルが存在した。これを引いて第2逐次差スペクトルを作成する。
  3. 第2逐次差スペクトルにはポリエチレンのピーク(○)が目立ち検索を妨害するので,ポリエチレンを引いた第3逐次差スペクトルを作成する。

手順3. 第3逐次差スペクトルの検索

手順3. 第3逐次差スペクトルの検索

(解釈)第3逐次差スペクトルの機械検索はコレステロール類であり,問題にならない。ポリエチレンとタルクの引き残り(1018cm−1)ピークが妨害している。

手順4. 第3逐次差スペクトルの手加工による妨害ピークの完全削除

手順4. 第3逐次差スペクトルの手加工による妨害ピークの完全削除
  1. 2900,1450cm−1のPEピークを手動でピーク削除
  2. 1018cm−1のタルクピークを手動でピーク削除
  3. 1,2の操作で手加工補正した第3逐次差スペクトルを作成する。

手順5. 手加工を加えた第3逐次差スペクトルの機械的検索

手順5. 手加工を加えた第3逐次差スペクトルの機械的検索

(解釈)有機臭素系難燃添加剤のSAYTEX® が検索された。

解析の最終結果

解析の最終結果

7.あとがき
 FT-IRスペクトル分析の高分子材料分野での有効利用の一端を紹介した。異物分析においても,異物がプラスチック工業関連化成品の混合物であることから,材料分析と大きな違いはない。差スペクトル法を利用した分析手法は異物,混入物分析でもそのまま適用できるものである。
 コストパフォーマンスの優れたIR分析が材料分析,異物分析で広く利用展開されることを期待したい。

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