vol.4 ピンポイント濃縮/顕微FTIR法による材料表面の有機汚染物の定性・定量分析

執筆者紹介

vol.4 ピンポイント濃縮/顕微FTIR法による材料表面の有機汚染物の定性・定量分析

森脇 博文 先生

株式会社 東レリサーチセンター 有機分析化学研究部 研究員 (ご所属・役職は2005年4月発行時)

 半導体,エレクトロニクスなどの様々な分野で高性能化が進展するなかで,金属,ガラス基板,精密電子部品などの材料表面に付着した微量の有機物に起因する特性低下など製造上のトラブルは,様々な分野で見られ,その内容も多種多様である。 分析対象となる表面汚染物が数mg以上存在する場合は,FTIR,NMR(核磁気共鳴法),GC/MS(ガスクロマトグラフ/質量分析法)など様々な分析手法を駆使して化学構造情報を引き出すことで,原因物質を特定することが可能である。 その一方で,表面汚染物がμg,ngオーダーといった微量である場合は,適用できる分析手法が限られ,高感度な分析手法が必要である。
 本稿では高感度な有機分析手法として,ピンポイント濃縮/顕微FTIR法よるガラス基板表面の有機汚染物の定性・定量分析を実施した例について紹介する。

 

ガラス基板表面の有機汚染物の定性分析

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(a)親水性溶媒無添加  (b)親水性溶媒添加
図1 試料溶液(トルエン溶媒)の溶質スポット像
(水平方向からの写真)

  汚染が予想されるガラス基板上の汚染物をトルエンで洗浄回収し,その洗浄回収液の一部をピンポイント濃縮用プレートに滴下した。滴下後,図1(a)に示したような単一の溶質スポットが形成され,この溶質スポットに対して,反射法にてIRスペクトルを測定した。 IRスペクトルの帰属より,ガラス基板の表面汚染物は,炭化水素,脂肪族エステル系化合物などと推定された。 なお,洗浄回収液から形成された単一の溶質スポットの厚みは大きいため,測定されたIRスペクトルは図2(a)に示したように飽和してしまうことも少なくない。このような場合,トルエンに少量の水を添加したアセトンなどの親水性溶媒を添加すると,溶質スポットは図1(b)のように薄く横方向に広がり,スポットの厚みを減少させることができる。 このようにして得られた溶質スポットの厚みの薄い部分を測定した結果,図2(b)のように良好なIRスペクトルを得ることができた。このように親水性溶媒を添加することで,筆者らはピンポイント濃縮法での大きな課題とされたIRスペクトルの飽和を抑制する方法を見出した。3)

(a)親水性溶媒無添加  (b)親水性溶媒添加
図2 各試料溶液(トルエン溶媒)の溶質スポットのIRスペクトル比較

 

 

濃縮スポットを用いたガラス基板表面の有機汚染物の定量分析

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図3 溶質スポット体積の計測方法(模式図)

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図4 溶質スポット像と計測結果

 ピンポイント濃縮法で使用される疎水性溶媒の中ではトルエンを溶媒として形成される溶質スポットの形状が最も再現性が高く,溶質スポットの体積と溶質量には直線性を有する良好な相関関係にある4)。この特徴を生かして,次の方法で溶質スポットの体積から,汚染物量を計算した。
  図3に示すようにプレート上で形成された溶質スポットに対して,垂直方向よりスポット面積(A),水平方向よりスポット高さ(h)をそれぞれ計測し,それらから球体の一部 (V=2/3πAh)として近似計算し,これを溶質スポットの体積とした。 (スポット面積,高さの計測結果を図4に示す。)
  更に,汚染物のIRスペクトルより炭化水素が主成分であると考えられることから,パラフィンオイルの比重(0.875) を用いてスポット体積から汚染物量を算出し,(洗浄回収液量/滴下量)で基板総汚染物質量を求め,更にガラス基板の表面積で割返すことによって,単位面積当りの汚染物量を求めることができた。結果を表1に示す。

洗浄回収液量/滴下量 145μl/5μl
溶質スポット体積 9.02×104(μm)3
汚染物量(パラフィンオイル換算) 7.89×10-2μg
基板総汚染物量 2.28μg
洗浄した基板表面積 15.2cm2
単位面積あたり汚染物量 0.15μg/cm2

表1:汚染物量の定量結果

 

 

有機系材料表面の有機汚染物の定性分析
 上述のようなガラスや金属など無機材料に付着する有機汚染物は,溶媒洗浄によって少量でも付着物のみが回収できるが,フィルム,プラスチックなど有機系材料表面の有機汚染物を分析する場合は同様に溶媒洗浄で処理すると,材料そのものから溶出する溶出物が妨害となってしまい,付着物に関する情報を得ることが困難である。そのような場合,アルミホイル(使用前に洗浄したもの)などを使用して,フィルム,プラスチックなどの表面汚染物をアルミホイルに転写させ,そのアルミホイルを溶媒洗浄し,回収液をピンポイント濃縮/顕微FTIR法で分析することで,有機系材料の表面汚染物に関する情報を得ることが可能である。しかし,この方法は少々手間が掛かるため,次のような簡便法もお勧めである。すなわち,試料とプリズムを接触させ,接触後,試料とプリズムを離した状態で1回反射ATR法で測定する。この場合,表面汚染物がプリズム表面に転写され,表面汚染物のIRスペクトルを得られことが少なくない5)。操作そのものが非常に簡便なので,まずは上記の1回反射ATR法で検討してみるのが良いと思われる。

 

おわりに
 本稿ではガラス基板上の微量有機汚染物の分析法として,ピンポイント濃縮/顕微FTIR法について紹介した。
  また,定性的な情報を得るための他の手法として,更にXPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy),TOF-SIMS(Time-of- Flight Secondary Ion Mass Spectrometry) などの表面分析法も有効であり,これらの手法を併用することによって,更に多くの情報を引き出すことができる。 なお,ピンポイント濃縮/顕微FTIR法から求められた定量値は,有機物の総量(但し,高揮発性成分を除く)である。材料表面の有機汚染物が複数の揮発性成分で構成されている場合は,更に熱脱着GC/MSなどを併用して,定性,定量分析を実施するのが望ましいと考えられる。

 

参考文献

 

  1. 池田昌彦,内原博;ぶんせき,4(1995)
  2. 森脇博文;The TRC News,55(1996)
  3. 森脇博文,佐藤信之;第7回高分子分析討論会 講演要旨集,p45(2002)
  4. 森脇博文,佐藤信之;第8回高分子分析討論会 講演要旨集,p81(2003)
  5. 島津製作所,アナリシスイノベーションセミナー テキスト,p9(1997)

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