延伸されたポリマーは延伸方向と同じ向きに分子の長軸が並ぶ傾向があり,その度合いを偏光測定によって求めることができます。フィルム状の試料では,偏光子を用いた透過法が一般的な測定方法ですが,ここではATR法による偏光測定の例をご紹介します。

1. 透過法による偏光測定

偏光測定には,光の電場が一定の方向にしか振動しない直線偏光と呼ばれる光を用います。この直線偏光を作り出すためには,偏光子(polarizer)と呼ばれる光学素子が必要です。偏光子としては,KRS-5などの窓板にワイヤーグリッドが刻まれたものが一般的によく使用されます。
透過法での偏光測定の手順は以下の通りです。まず,偏光子の設置角度を 0°(電場の向きは垂直方向)としてBKG測定を行なった後,試料の延伸方向を縦方向にあわせてサンプル測定をします。(このとき偏光方向と延伸軸の方向は平行になっています。)次に試料の角度を 90°回転させて試料の延伸軸と偏光方向を垂直にした状態でサンプル測定を行ないます。試料の延伸軸に対して平行な偏光と垂直な偏光で得られた二つのスペクトルA,Aの吸光度比をとったものが,二色比として表されます。

 

R = AA

 

2. ATR法による偏光測定

透過法の場合は,フィルムの膜厚が厚くなりすぎるとピークが飽和して測定できない場合がありますが,ATR法の場合は膜厚を気にせずに測定できるメリットがあります。
さらに1回反射ATR法の場合は,多重反射ATR法に比較すると,プリズムサイズが小さいため,試料の回転がしやすく,また密着性にもすぐれていることから,再現性のよいスペクトルを得ることができます。

偏光ATR法の特徴は,図 1に示されたようにフィルム状の試料で2軸対称性の場合,分子がX,Y,Zの軸方向に対してどのように配向しているかについての情報が得られる点です。この図ではY軸が延伸方向,X軸は面内における延伸軸と垂直な方向,Z軸は試料面に対して垂直方向で厚さ方向を示します。
測定は,試料の延伸方向に光の進行方向を合わせて,平行偏光と垂直偏光を照射する場合と,試料の向きを 90°回転して同様に平行偏光と垂直偏光を照射する場合の合計 4回が必要となります

分子配向の表現
図1. 分子配向の表現

ここで平行偏光とは入射光と反射光を含む面に平行な電場を持つ直線偏光のことで,垂直偏光は平行偏光とは垂直な面に電場を持つ直線偏光のことを意味します。このとき反射点でのエバネッセント波は,図 2に示したように垂直偏光の場合はX軸方向にベクトルを持ちます。また平行偏光の場合はY軸,Z軸方向にベクトルを持ちます1)
したがって上の手順で得られたスペクトルは,X,Y,Z軸方向の分子振動の情報を含んだものになります。3軸方向の配向性を示す詳細な方法は文献1)に譲ることとして,ここでは実際に測定したPET(ポリエチレンテレフタレート)フィルムのスペクトルをご紹介します。

偏光方向とエバネッセント波の方向
図2. 偏光方向とエバネッセント波の方向

3. 延伸PETフィルムの偏光ATR測定

PETの構造式
PETの構造式

図3は,無延伸のPETフィルムを4つのモードで測定した結果を示したものです。無延伸の場合は,いずれの場合もスペクトルにはほとんど変化がなく,これより,分子の配向性がないことがわかります。

一回反射ATRによる偏光測定 無延伸PETフィルム
図3. 一回反射ATRによる偏光測定 無延伸PETフィルム

図4は同じPETフィルムの3倍延伸したものを同様に測定した結果です。延伸軸の向きを90°変えたそれぞれの場合で,平行偏光と垂直偏光によるスペクトルに違いが確認できます。たとえば,1340cm-1付近のピークはCH2縦ゆれ振動によるもので分子の長軸方向に振動するモードですが,これは図4(a)では平行偏光(P)で強く,垂直偏光(S)ではかなり弱くなっています。一方,図4(b)ではその逆になっており,分子が延伸方向に配向していることを示しています。

一回反射ATRによる偏光測定 3回延伸PETフィルム
図4. 一回販社ATRによる偏光測定 3回伸延PETフィルム

図4の 1410cm-1のピークは,ベンゼン環の面内変角振動で,非二色性バンドとされることから,このピークで規格化した(ピークの強度を揃えた)後,図4(a),(b)において,平行偏光と垂直偏光の結果で差スペクトルを求めたものを図5(a)(b)に示しました。 赤外二色性を示すバンドが試料の向きと偏光の向きによって変化している様子がわかります。

差スペクトル
図5. 差スペクトル

Everallら1)によると,延伸率を 1.0〜3.5倍まで変化させて実験を行なった結果,延伸率が大きくなるにしたがって,延伸方向の配向度が高くなるのに対して,TD(フィルム面内の延伸軸と垂直な方向)および深さ方向の配向度が低下するという結果が観測されています。

4. まとめ

ここでご紹介したように,フィルム表面の配向性を調べる方法としては,偏光ATR測定が非常に有効であることがわかります。ただし,ダイヤモンドプリズムによる 1回反射ATR法では,局所的に強い力が加わることにより,圧力が分子配向に及ぼす影響が懸念されたり,屈折率が高いポリマーでは,吸収の強いバンドにおいてピークに歪が生じるなどの問題があります。したがって,偏光ATR測定で配向性の評価を行う場合は,これらのことを考慮して二色性を示す最適なピークを選択することが必要となります。

参考文献: 1)Neil J.Everall and Arran Bibby Appl.Spectrosc.51,1083 (1997)