顕微鏡測定のテクニック −反射法,ATR法−

FTIRノウハウ・実務編

FTIR TALK LETTER vol.6(2006)

FTIR TALK LETTER Vol.5では赤外顕微透過法のテクニックについてご紹介しましたが,今回は赤外顕微反射法および赤外顕微ATR法についての分析テクニックをご紹介します。

顕微反射法の注意点

顕微反射法は,前処理をほとんど必要としない非常に簡便な方法と言えます。しかし反射率の高い金属基板上に付着した異物など,試料形態が限られます。ここでは金属板上に付着した試料を顕微反射法で分析する場合について,3つの注意点をご説明します。

1.付着した試料が厚い場合
金属板上に付着した異物が厚い場合の概略図を図1に示します。
試料表面での正反射率は,図1に示したように入射光量に対しておおよそ5%程度です。図1では,試料が十分に厚いため,金属面で反射する光があっても,試料表面ではほとんどゼロになる場合を示しています。このとき得られる正反射スペクトルは,強い吸収のあるところで反射率が大きく変化する現象(屈折率の異常分散)によってピークが一次微分形に歪みますが,クラマース-クローニッヒ解析(K-K解析)処理を行なうことによって,吸収スペクトルに近似したスペクトルが得られます。
通常,顕微反射法では顕微透過法と比較すると検出器に届く光量がやや少なくなりますが,試料が厚い場合には光量の低下は著しく,ノイズを減らすために積算回数を多くする必要があります。

金属板上に付着した試料が厚い場合の概略図
図 1 金属板上に付着した試料が厚い場合の概略図

試料がある程度の厚みを持った場合の測定例として,図2に金属板上にコーティングされた光沢のあるシート(厚さは約1mm)のスペクトルを示します。測定は試料表面に焦点を合わせ,30×30μmのアパーチャ設定で行ないました。図2を見ると,前述したように通常の吸収スペクトルとは形状が異なり,ピークが一次微分形に歪んでいることがわかります。図2に対してK-K解析を行なった結果を図3に示します。図3からコーティングされたシートはポリプロピレンであることが分かりました。

金属板上シートの正反射スペクトル
図 2 金属板上シートの正反射スペクトル
K-K解析後のスペクトル
図 3 K-K解析後のスペクトル

また図4には,試料表面ではなく,金属板の表面に焦点を合わせて測定した結果を示します。図4は試料が厚いためにピークが飽和した状態の反射吸収スペクトルになっていることがわかります。
このように,試料がある程度厚い場合には,試料表面に焦点を合わせることで,正反射スペクトルのみを検出し,K-K解析処理を行なうことによって試料の定性が可能となります。ただし,粉末や繊維などのような表面が粗い試料では,反射する光の大部分は拡散され,試料表面からの正反射成分のみを検出することが難しくなりますので,注意が必要です。サンプリングが可能なときには顕微透過法,表面に目的物が出ている時には顕微ATR法が適しています。

金属板上シートの反射吸収スペクトル
図 4 金属板上シートの反射吸収スペクトル

2.付着した試料が薄い場合
金属板上に付着した試料が薄い場合の概略図を図5に示します。
図5のように,試料が薄い場合には,入射した光は金属板の表面で反射され,試料表面から出てきます。このとき得られるスペクトルは,金属表面での反射(図5の青線)が多いときには,透過測定と同じような反射吸収スペクトルが得られます。しかし,金属表面での反射が少なくなると,正反射スペクトルと反射吸収スペクトルが混ざったスペクトルが得られるようになります。正反射と反射吸収が混ざったスペクトルが得られるときには,ピーク位置の高波数側で正の歪(透過率の増加)が生じ,逆にピークの低波数側では負の歪(透過率の減少)が生じます。この特徴は,KBr錠剤法やヌジョール・マル法の測定時に見られるクリスチャンセン効果(Christiansen effect)と同じです(クリスチャンセン効果:屈折率と反射率の関係によって光の透過する量がピーク位置近傍で変化する現象で,試料に光散乱性がある場合にはよく起こります。)。

金属板上に付着した試料が薄い場合の概略図
図 5 金属板上に付着した試料が薄い場合の概略図

試料が薄い場合の測定例を図6に示します。測定は20×20μmのアパーチャ設定で行ないました。測定1,2のスペクトルは,異なる位置での結果を示しています。測定1では正常な吸収スペクトルが観察されていますが,測定2では1500cm<sup>-1</sup>付近のピークに歪が見られます。このようなスペクトルが得られた場合,ピーク位置や吸収強度は本来の値とは異なりますので,測定1のようなスペクトルが得られる場所を探す必要があります。目的物が非常に小さい場合には,測定位置を変えることができませんので,歪のないスペクトルを得るためには,顕微透過法もしくは顕微ATR法のような他の手法で分析します。

金属板上に付着した異物のスペクトル
図 6 金属板上に付着した異物のスペクトル

3.BKG測定の位置
Vol.5の顕微透過法の注意点で紹介したように,顕微反射法においても,BKGおよびサンプル測定の位置によってスペクトルは影響を受けます。金属板上に付着した異物の分析例を図7および図8に示します。図7に示す基板上の異物に対して,サンプル位置を固定し,BKGを2箇所の異なる位置で測定したスペクトルを図8に示します。
図8において,BKG2ではBKG1と比較するとピークが明確に確認できません。BKG2には微量ながら異物と同じものが付着し,異物のピークが相殺されていると考えられます。このように,反射法においても,透過法と同様にBKG測定位置や試料測定位置の選択が重要になることが分かります。
図8の赤線のスペクトルに対してスペクトル検索を行なったところ,乳酸ナトリウムであることがわかりました。

基板上異物の顕微鏡写真
図 7 基板上異物の顕微鏡写真
基板上異物のスペクトル
図 8 基板上異物のスペクトル

顕微ATR法の注意点

顕微ATR法は前処理をほとんど必要としないため,非常に便利な方法と言えます。しかしながら測定の際に幾つか注意点があります。以下では顕微ATR法で分析する場合について,3つの注意点をご説明します。

1.プリズム残留成分
顕微ATR法で分析を行なう場合,試料とプリズムを密着させて分析します。このため,次の試料の分析を行なう前にプリズムに転写・残留した成分の有無を確認し,残留した成分がある場合には洗浄を行なう必要があります。一連の流れを図9に示します。
BKGを測定した後,プリズムを試料に密着させて試料測定を行ないます。その後プリズムと試料との密着を解除し,モニター測定でスペクトルを確認します。図9の下段のようにピークが見られない場合,プリズムに残留した成分はありませんので次の試料測定が可能ですが,図9の中段のようにピークが見られる場合,プリズムに転写された残留成分がありますので,綿棒とエタノールなどを使用してプリズム表面の洗浄を行なう必要があります。
しかしながら試料が混合物の場合,残留成分は混合物の一成分である可能性が高いため,転写されたスペクトルを測定することで,より詳細な情報が得られる可能性があります。例えば異物中にオイルが含まれている場合,プリズムを密着させて測定したスペクトルは異物+オイルになりますが,密着を解除した後はオイルのみのスペクトルになります。したがって密着時のスペクトルから残留成分のスペクトルの差スペクトルを計算すれば,異物のみのスペクトルが得られることになります。

プリズム残留成分の確認過程
図9 プリズム残留成分の確認過程

2.試料表面状態や密着位置
顕微ATR法の場合,試料とプリズムを密着させて測定を行なうため,試料の表面状態や密着させる位置によっては良好なスペクトルが得られない場合もあります。図10に示すように,試料表面に凹凸がある場合,場所によってはスペクトルが現れないこともあります。

試料とプリズムの密着の概略図
図10 試料とプリズムの密着の概略図

金属表面に付着した汚れを顕微ATR法で分析した例を図11に示します。図11において,挿入画像の青色部分ではピークが確認できますが,赤色部分および緑色部分ではわずかなピークしか確認できません。これは,赤色および緑色部分は非常に密着しにくい場所,もしくは付着物が非常に薄いことが考えられます。このようにスペクトルがほとんど現れない場合,場所を変えて測定する必要があります。

金属表面に付着した汚れのスペクトル
図11 金属表面に付着した汚れのスペクトル

3.押し付けの強さ
顕微ATR法の場合,プリズムへの試料の押し付け強さによってもスペクトルが変化する場合があります。特に試料が柔らかい場合には注意が必要です。ここでは,図12に示すような多層になっている柔らかい試料の場合を考えます。
軽く密着させた場合,図12の上層のみのスペクトルになりますが,押し付けの強さを徐々に強くしていくと,上層が徐々に薄く延ばされ,下層のスペクトルが上層のスペクトルに重なります。

多層で柔らかい試料へのプリズムの押え付け強さ
図12 多層で柔らかい試料へのプリズムの押え付け強さ

上記で説明したような多層で柔らかい試料を顕微ATR法で分析した例を図13に示します。押し付けの強さはA<B<Cの順番で強くなっています。
押し付けを強くするにつれて,1650cm-1付近にピークが現れ,逆に1700 cm-1付近および1250〜1000 cm-1付近のピークは弱くなっていくことが分かります。最表層は図13のAのスペクトルであり,下層にある成分は図13のCとAの差スペクトルを計算することによって求めることができます。差スペクトルの結果より,最表層はウレタン,内層はアミド化合物であることが分かりました。

押し付けの強さを変えた場合のスペクトル変化
図13 押し付けの強さを変えた場合のスペクトル変化

以上のように、顕微反射法および顕微ATR法にも様々な注意点があります。これらのことを念頭におき、より有効に赤外顕微鏡をご活用下さい。



「FTIR TALK LETTER Vol.6のご紹介」ページへ

Top of This Page