FTIR測定法のイロハ -正反射法,新版-

FTIRによる分析手法は,透過法と反射法に大別されます。反射法にはATR法,正反射法,拡散反射法,高感度反射法と様々な手法があります。今回は,金属基板上の塗膜や薄膜測定等に有効な正反射法について,その測定原理や特徴、応用例などを解説します。

1. はじめに

試料面に対して光をある角度で入射させるとき,入射角と等しい角度で反射される光を正反射光と呼びます。この正反射光から得られる赤外スペクトルを正反射スペクトルと言います。正反射光を測定する手法には,入射角の違いから,赤外光を垂直に近い角度で入射させる正反射法と,水平に近い角度で入射させる高感度反射法があります。
また,正反射測定には絶対反射測定と相対反射測定があります。相対反射測定はアルミミラーや金ミラーなど基準ミラーをリファレンスとして,これに対する試料の反射率を測定する手法です。一方,絶対反射測定は,基準ミラーを使用せず,入射光に対する試料の反射率を測定する手法です。

2.正反射測定とは

正反射法の概略を図1(A)~(C)に示します。正反射法では,試料により得られるデータが異なります。

(A) 金属基板上の有機薄膜等の試料
入射光は試料を透過し,金属基板上で反射されて再び試料を透過します(光a)。この際に得られるスペクトルは,透過法で得られる吸収スペクトルと同様のものとなり,反射吸収スペクトルとも呼ばれます。この場合,膜表面からの正反射成分(光b)もありますが,その割合は少ないため,測定結果は光aによる赤外スペクトルとなります。

正反射法の概略図
図1. 正反射法の概略図

(B) 基板上の比較的厚い有機膜やバルク状の樹脂等の試料
このような試料を透過法で測定する際には,試料を薄くスライスしたり,圧延するなど前処理が必要ですが,正反射法では試料の厚みを考慮する必要がなく,簡便に測定することができます。
試料がある程度厚い場合,試料内部に入った光aは,試料に吸収,散乱されるか,もしくは試料を透過するため,試料表面からの正反射光bのみが検出されます。この正反射スペクトルは吸収のある領域でピークが一次微分形に歪みます。これは屈折率がピークの前後で大きく変化する,異常分散現象によるものです。歪んだスペクトルは,クラマース・クローニッヒ(Kramers-Kronig,K-K)解析処理を行うことによって,吸収スペクトルに近似することが可能です。

(C) 基板上の薄膜等の試料
試料表面が平坦で,なおかつ厚みが均一である場合、(A)と(B)の現象が混ざり合います。そのため,得られる情報は反射吸収スペクトルと反射スペクトルが混ざり合ったものとなりますが、この際,2種類の光aと光bが互いに干渉し合い,干渉縞が生じます。その干渉縞から試料の厚みを求めることができます。

3. 正反射測定装置

図2に正反射測定装置SRM-8000の装置の外観を,図3に光学系を示します。平均入射角は10°です。
まず試料台に基準ミラーを置いてバックグラウンド測定を行い,次に,試料を置いて反射率を測定します。基準ミラーに対する試料の反射率の比から,正反射スペクトルが得られます。

正反射測定装置SRM-8000の外観
図2. 正反射測定装置SRM-8000の外観
SRM-8000の光学系概念図
図3. 正反射測定装置SRM-8000の光学系

4. 正反射スペクトルとクラマース・クローニッヒ解析

測定例1. 金属基板上の有機薄膜等の試料

図1(A)の例として,正反射測定装置を用いてアルミ缶内壁の測定を行いました。測定結果を図4に示します。これより,アルミ缶内壁の被覆物質はエポキシ樹脂であることが分かります。
なお,得られる赤外スペクトルのピーク強度は膜厚に依存するため,膜が厚い場合はピークが飽和し,膜が非常に薄い場合は光路長が短く,吸収ピークを得ることが困難となりま す。そのため,薄膜分析においては,高感度反射法やATR法が用いられます。

アルミ缶内壁の反射吸収スペクトル
図4. アルミ缶内壁の反射吸収スペクトル

測定例2. 基板上の比較的厚い有機膜やバルク状の樹脂等の試料

図1(B)の例として,厚さ0.5mmのアクリル樹脂板を測定しました。得られた正反射スペクトルを図5に示します。正反射スペクトルは一次微分形に歪んでいることが分かります。これを吸収スペクトルに近似させるため,K-K解析処理を行いました。処理後の赤外スペクトルを図6に示します。
正反射スペクトルから得られる測定試料の反射率Rから吸収率kを求める方法についてご説明します。
物質の複素屈折率をn*=n+ik (i2=-1)とします。赤外光が垂直に入射した場合,屈折率nと吸収率kは次の式で表されます。

 

 

樹脂板の正反射スペクトル
図5. 樹脂板の正反射スペクトル

ここで,φは入射光と反射光の位相差を表します。φが決まれば,上記の式から屈折率nおよび吸収率kが決まりますが,波数vgに対するφはクラマース・クローニッヒの関係式から次の式で表されます。

つまり,反射率Rから,φを求め,そのφを(2)式に適用すれば,波数vgにおける吸収係数kが求められます。この計算を全波数領域に対して行うと,吸収スペクトルが得られます。
(3)式における代表的なアルゴリズムとして,マクローリン法と二重高速フーリエ変換(二重FFT)法の2種類があります。マクローリン法は精度が良く,二重FFT法は計算処理の時間が短い点が特長ですが,よく後者が用いられます。
K-K解析を用いる際に,測定したスペクトルにノイズが多いと,ベースラインが歪むことがあります。そのため,なるべくノイズの少ない赤外スペクトルを取得するよう注意してください。ノイズが多い領域を除去してK-K解析を行うことも有効です。

樹脂板のK-K解析後の赤外スペクトル
図6. 樹脂板のK-K解析後の赤外スペクトル

測定例3. 基板上の薄膜等の試料

図1(C)の例として,ガラス基板上のポリエステル膜を測定しました。得られた赤外スペクトルを図7に示します。このように干渉縞があることが分かります。この干渉縞を利用して膜厚を計算しました。
この膜の厚さdは,試料の屈折率をn,入射角度をθとすると,次の式で表されます。

ここで,ν1およびν2は干渉縞上の2つの波数(通常は山,もしくは谷を選択します),Δmはν1とν2の間の波の数です。
得られた赤外スペクトルより,(4)式を用いて膜厚計算を行いました。このとき試料の屈折率は1.65,入射角を10°としました。以上の結果より,膜厚は26.4μmであることが分かりました。

ガラス基板上のポリエステル膜の赤外スペクトル
図7. ガラス基板上のポリエステル膜の赤外スペクトル

5. 絶対反射測定

赤外分光法の正反射測定ではほとんどの場合,基準ミラーに対する試料の反射率の比、つまり,相対反射率を測定しています。
しかし,基準ミラーの反射率は100%ではなく,更にミラー個体毎に反射率は異なります。そのため,使用した基準ミラーによっても測定結果が異なります。試料の正確な反射率を測定する際には,図8に示す絶対反射率測定装置(Absolute Reflectance Accessory)を使用します。
絶対反射率測定装置の光学系を図9に示します。まず,図9(A)のように,ミラーを(a)の位置に置いて,バックグラウンドを測定します(V配置)。次に,図9(B)のように,ミラーを試料測定面をはさんで(a)と対称の位置(b)に移動させ,試料を設置して反射率を測定します(W配置)。このとき,ミラーの位置を変えますが,光の入射角や光路長はV配置とW配置で変わりません。試料で反射された赤外光は,ミラーで反射され,さらに試料で反射されます。従って,試料で2回反射するため,試料反射率の2乗の値が測定結果として得られます。この反射スペクトルの平方根をとることにより,試料の絶対反射率を求められます。

絶対反射率測定装置の外観
図8. 絶対反射率測定装置の外観
絶対反射率測定装置の光学系
図9. 絶対反射率測定装置の光学系

図10にアルミミラーと金ミラーの絶対反射率の測定結果を示します。この結果より,2000cm-1付近における各ミラーの絶対反射率は、金ミラーにおいて約96%,アルミミラーにおいて約95.5%と分かります。このように,絶対反射測定は,反射材料などの評価に有効です。

アルミミラーと金ミラーの絶対反射スペクトル
図10. アルミミラーと金ミラーの絶対反射スペクトル

6. おわりに

正反射法は金属基板上の膜や平らな板状樹脂などを前処理なく測定できる簡便な測定手法です。さらに,ATR法では不可欠なプリズムとの密着も必要ありません。しかし,測定結果は試料の表面状態や膜厚などに大きく影響を受けるため,測定対象はある程度限られたものとなります。

参考文献

  • 分光測定入門シリーズ第6巻 赤外・ラマン分光法
    日本分光学会[編] 講談社
  • 赤外分光法(機器分析実技シリーズ)
    田中誠之、寺前紀夫著 共立出版
  • FT-IRの基礎と実際
    田隅三生著 東京化学同人
  • 近赤外分光法
    尾崎幸洋編著 学会出版センター