赤外分光法においては,試料に赤外光を照射し,どの波長(波数)でどのくらいの光が吸収されるかを測定します。一方,ラマン分光法においては,試料にある波長の光を照射したときに試料で散乱される光を測定しています。ラマンスペクトルは,縦軸を「散乱強度」,横軸を入射光と散乱光との波数差,つまり「ラマンシフト」としてプロットし,横軸の単位は赤外スペクトルと同様に[cm-1]が使われます。

ラマンスペクトルは赤外スペクトルと同様に分子の振動に基づく振動スペクトルです。いずれの手法も,既知のスペクトルとの対比による物質の同定,分子の構造決定や定量分析の目的で使われていますが,検出されるピークの位置や強度,形状は両者で異なります。分子振動のうちスペクトル上に現れる振動モードと現れない振動モードがあり,吸収による赤外分光法と散乱によるラマン分光法では現れ方が異なります。つまり赤外光を吸収しない振動モードでもラマン散乱が起こる場合やその逆,また両方に現れる場合があります。このことは「選択律」と呼ばれます。  

図1ポリエステルの赤外スペクトルとラマンスペクトル
図1ポリエステルの赤外スペクトルとラマンスペクトル
 (励起波長 532nm)

出典:バイオ・ラッドラボラトリーズ株式会社 サドラーデータベース

図1にポリエステルの赤外スペクトルとラマンスペクトルを示します。これを見ると,>C=Oや,-C-O-C- のような官能基は赤外吸収で強く現れています。一方,ラマン散乱では,C=Cのように同種の原子が結合したものが強く現れています。このように赤外スペクトルとラマンスペクトルは相補的な情報を与えるといえます。
ラマン分光法と赤外分光法の比較について表1にまとめます。

表1 ラマン分光法と赤外分光法の比較

ラマン分光法 赤外分光法
ラマン顕微鏡を使用すると1μm程度の大きさの試料まで測定することができる 赤外顕微鏡を使用すると10μm程度の大きさの試料まで測定することができる
ガラスは照射光とラマン散乱に対して透明であるため、試料ビンやガラスキャピラリー中の試料を直接測定することができる ガラスは赤外光を吸収するため、試料ビンやガラスキャピラリー中の試料を直接測定することができない
赤外分光法に比べて水の影響を受けにくいため、水溶液の測定が行える 中赤外領域では水の吸収が大きく出るため、水溶液の測定には制限がある
個体試料を直接測定できるので、KBrなどで希釈する必要がない 試料の形態や濃度、測定目的により様々な測定手法を選択できる
スペクトルライブラリが少ないため、物質の同定が難しい スペクトルライブラリが豊富に用意されているため、物質の同定が容易である
測定装置が高価である 測定装置が安価である
レーザー光のエネルギーが高いため、測定中に試料を損傷することがある 赤外光はエネルギー的に弱い電磁波のため、測定中に試料を損傷することがほとんどない
   :長所     :短所