異物分析などの不良解析においてFTIRを用いた分析は簡便で大変有効な方法であることから分野を問わず広く用いられています。FTIRには赤外顕微鏡法や1回反射ATR法など,さまざまな測定方法やアクセサリーがあり,分析対象や目的に応じた測定方法,アクセサリーの選択は良好なスペクトルを得るために大変重要です。
一方,得られた測定スペクトルの持つ情報やその使い方などについては,これまであまりまとまった形ではご紹介していませんでした。そこで今回は「FTIRによる異物分析−異物スペクトルの扱い方−」として,異物分析における測定結果の「見方」について基本的な部分の紹介をしたいと思います。

 

1.サンプリングの際の影響

 FTIRでの異物分析では多くの場合,発見された異物をサンプリングした上で測定を行ないます。サンプリングの際に異物だけを取り出すことができれば,その後測定された結果は異物だけの情報(スペクトル)となりますが,異物とともに他の物質を取り出していればその物質の影響を受けることになります。例えば,粉末中や液体中から取り出した場合はその粉末や液体が取り出した異物表面に付着していたり内部に染み込んでいる可能性があるため,これらの影響の有無を確認する必要があります。

食品中繊維状異物の測定結果 上段:繊維状異物,中段:油脂,下段:差スペクトル
図1 食品中繊維状異物の測定結果
上段:繊維状異物,中段:油脂,下段:差スペクトル

 図1上段は食品中に見つかった繊維状異物を1回反射ATR法(ダイヤモンドプリズム)で測定した結果です。この結果より,繊維状異物の主成分はセルロース系であることがわかりますが,1740cm-1付近などにセルロースにはないピークが確認できます。図1中段はこの異物が見つかった食品の一部を同様の方法で測定した結果です。この測定結果は脂肪酸エステル(油脂)のスペクトルであり,上段の繊維状異物の一部とも一致しています。また,図1下段は両者の差スペクトル(繊維状異物−油脂)です。油脂による影響が除去されセルロースのスペクトルが得られています。
 このように,サンプリングした異物は見つかった場所の影響を受けていることがあります。また,サンプリングの際に粘着テープを用いたり,ろ紙などのフィルター上で採取,乾燥させた場合は粘着剤やフィルターの一部が異物に付着して残る可能性があります。従って,それらの影響を確認した上で影響の除去や定性・解析など次のステップに進む必要があります。

2.高感度反射測定装置

図2 不均一異物の測定結果 上段:測定位置A,下段:測定位置B 写真中青枠:測定位置(20×20μm)
図2 不均一異物の測定結果
上段:測定位置A,下段:測定位置B 写真中青枠:測定位置(20×20μm)

 異物が複数ある場合は繰り返しサンプリングし,また異物の大きさが十分大きい場合は測定位置を変更し,複数回測定します。得られた測定結果のピーク強度やベースラインに違いがあっても,スペクトル形状が同様であれば同一のもの,均一なものと判断でき,そのまま定性・解析などのステップに進みます。
 一方,測定結果のスペクトル形状に違いが見られた場合はサンプリングなど測定操作におけるミスの可能性とサンプル自体が異なったものや不均一な混合物である可能性とが考えられます。前者の場合はもう一度サンプリングなどをやり直すことで確認することができます。何度繰り返しても同じ結果が得られる場合は後者の可能性が高くなります。
 測定位置などにより測定結果が異なる場合は,異物が単一,均一でないと判断できます。複数の物質がそれぞればらばらに存在していた場合は測定結果がそれぞれ完全に異なったスペクトル形状を持つため,そのまま定性・解析に進みます。一方,複数成分が不均一に混合していた場合はピーク強度比の異なる類似したスペクトルとなります。このような場合は差スペクトルを用いることでより詳細な情報が得られます。

 図2はダイヤモンドセル上で圧延後,赤外顕微鏡による透過法で測定した異物のスペクトルです。2900cm-1付近と1650cm-1付近など,測定位置によりピーク強度比に違いが見られますが,ピーク位置や本数に大きな違いはないことから2つの成分が不均一に混合していると考えられます。
図3は図2の測定結果の差スペクトル(測定位置A-Bと測定位置B-A)です。それぞれタンパク質(A-B)とポリイソプレン(B-A)であることから,異物はこの2成分が不均一に混合したものと考えられます。

図3 差スペクトル 上段:測定位置A−測定位置B(タンパク),下段:測定位置B−測定位置A(ポリイソプレン)
図3 差スペクトル
上段:測定位置A−測定位置B(タンパク)
下段:測定位置B−測定位置A(ポリイソプレン)

3. 正常部や新品との比較

 不良品の分析では不良部分と正常部分や新品との比較により不良原因が明確になることが少なくありません。特に不良原因が異物などまったく異なる物質の混入によるものではなく,劣化など製品の一部が変化した場合などは,正常部分との比較により変化前後でのスペクトルの違いが明確になり,どのような変化が起こったのかを知ることができます。

樹脂変色部の測定結果 上段:変色部,下段:正常部
図4 樹脂変色部の測定結果
上段:変色部,下段:正常部

 図4は変色部分の見つかった樹脂部品について,その変色部分と正常な部分を1回反射ATR法(ダイヤモンドプリズム)で測定した結果です(ATR補正処理済)。どちらの測定結果もアクリロニトリルブタジエンスチレン(ABS)樹脂のスペクトルを示していますが,両者を比較すると,変色部のスペクトルに関して1720cm-1付近や3400cm-1付近のピークは正常部分よりも強く,逆に968cm-1付近のピークについては極めて小さいということがわかります。
 これらのピークのうち,1720cm-1付近と3400cm-1付近のピークはそれぞれC=O伸縮振動とO-H伸縮振動と考えられますが,どちらもABS樹脂にはないピークです。一方,968cm-1付近のピークはABS樹脂中ブタジエンのトランス−ビニレン基による=C-H面外変角振動と考えられます。
 以上の結果より,変色はトランス−ビニレン基のC=C二重結合が切れ,C=O基やO-H基が生成した酸化劣化によるものと推定されます。

4. 他の分析方法による多角的な評価

 異物分析など物質の同定,定性に関してFTIRを用いた赤外分光分析は大変有効な方法ですが,それだけでは異物の特定や不良原因の解明に至れないことも少なくありません。そのような場合は他の分析手法による情報も併せて解析を行なう多角的な評価が必要となります。異物分析においてよく用いられる分析装置には走査型電子顕微鏡−エネルギー分散型X線分析装置(SEM-EDS:電子顕微鏡による観察像と元素情報が得られる)やエネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX:元素情報が大気圧下で簡便に得られる)などがありますが,ここでは走査型共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)を用いた分析例を紹介します。
 図5は表面に異常の見つかったフィルムの赤外顕微鏡写真です。写真中央から左下部にかけて微小な粒子状物が数多く付着しているように見られます。そこで,微小領域における表面分析に有効な赤外顕微鏡によるATR法を用いて測定を行ないました。図6に異常部と正常部の測定結果を示します。図6の測定結果はどちらもポリエチレンテレフタレート(PET)のスペクトルを示しており,両者に明確な差異は見られません。このため,異常部はPETフィルムの一部が微小な粒子となった後,フィルム表面に付着した可能性が考えられます。

図5 フィルム表面以上部の顕微鏡写真 写真中赤枠:100×100μm
図5 フィルム表面以上部の顕微鏡写真
写真中赤枠:100×100μm
図6 フィルム表面の測定結果 黒:異常部、赤:正常部
図6 フィルム表面の測定結果
黒:異常部,赤:正常部

 次に,CLSMを用いてフィルム表面の観察および三次元形状評価を行ないました。CLMSでは導電性のない試料についても特別な前処理なしに解像度の高い観察像が大気中で得られます。更に三次元形状評価が行なえることから高さ方向に関する情報も同時に得ることができます。倍率はおおよそ100〜15000倍です。
 図7にフィルム異常部のCLSM観察像を示します。観察視野は64×48μmです。鮮明な観察像が得られており,粒子状のものとともに傷のように見られる部分も確認できます。また図8に,図7中央部の赤ラインにおける高さプロファイルを示します。フィルム表面に粒子状の付着物がある場合,その高さプロファイルはフィルム表面の平坦な部分と付着粒子の凸状に高くなる部分とになるはずですが,今回の結果ではそれらに加えフィルム表面に谷状に凹んだ部分があることを示しています。

図7 フィルム表面の走査型共焦点レーザー顕微鏡画像 観察視野64×48μm
図7 フィルム表面の走査型共焦点レーザー顕微鏡画像
観察視野64×48μm

 赤外顕微鏡による分析より異常部は正常部と同じPETであること,またCLSMによる観察と三次元評価より異常部表面には微小な凹凸があることを併せて考えると,異常部はPET粒子が付着したのではなく,フィルム表面が平坦でなく微細に荒れているものと推定されます。

図8 図7赤ラインにおける高さプロファイル (縦軸、横軸ともに単位は[μm])
図8 図7赤ラインにおける高さプロファイル
(縦軸,横軸ともに単位は[μm])

5. まとめ

 異物分析などの不良解析では不良原因の解明,特定が最終目的ですが,そのためには測定結果から必要な情報を読み取る必要があります。測定結果は測定対象に関するさまざまな情報を持っていますが,そのすべてが必要としているものとは限りません。また,必要としているものを含んでいない可能性もあります。測定結果から必要な情報を読み取るためには「スペクトルのどこに必要な情報が現れているのか?」を見つけることが第一歩となります。今回はそのために必要なもっとも基本的な項目をいくつかご紹介しました。