FTIRで使用する 窓板・プリズムの安全性

FTIRノウハウ・実務編

FTIR TALK LETTER vol.11(2008)
FTIR分析では,試料や測定方法に応じていろいろな種類の窓板やプリズムを使用します。窓板やプリズムは使用する試料(特に液体試料)に対する溶解性,透過波数範囲,屈折率で選択します。昨今の環境問題を考えると,その他に使用時・保管時・廃棄時の容易さや安全性にも注意して選択することも必要です。

 今回は,安全性や環境問題の観点から窓板やプリズムの注意点をご紹介します。

主な窓板・プリズム材料

 FTIR分析で主に使われる窓板やプリズム材料には表1のようなものがあります。 これらの中から,今回は特に注意が必要なKRS-5,セレン化亜鉛(ZnSe),フッ化バリウム(BaF2)に注目してみましょう。

KRS-5

 KRS-5は,臭化タリウム(TlBr)とヨウ化タリウム(TlI)の混晶です。  タリウムを含みますので,KRS-5窓板やプリズムを研磨した時の粉末を吸ったりすると中毒を起こす場合があります。KRS-5はユーザーでは研磨をしないでください。
 特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(PRTR法)では第二種指定化学物質となっています。

セレン化亜鉛(ZnSe)

 セレン化亜鉛はプリズム材料としてよく使われています。セレン化亜鉛は酸性試料と反応して,有毒なセレン化水素を発生しますので,pH6.5~9.5の範囲の試料を測定してください。また,火災などで強熱されると分解して,有害なセレンの酸化物の煙霧を発生します。
 毒物および劇物取締法では毒物(セレン化合物)として指定されています。また,PRTR法では第一種指定化学物質となっています。

フッ化バリウム(BaF2

 フッ化バリウムは顕微鏡測定時の窓板によく使われています。フッ化バリウムは加熱されたり,酸と接触すると有毒なフッ化水素ガスを発生します。
 毒物および劇物取締法では劇物(バリウム化合物)として指定されています。また,
PRTR法では第一種指定化学物質となっています。

毒物および劇物取締法

 表1で一覧した材料の中で,セレン化亜鉛(毒物)とフッ化バリウム(劇物)が規制の対象となっています。法律の解説は専門書に譲りますが,ユーザーとして,購入・保管管理・使用・廃棄などに気をつけなければなりません。
【毒物・劇物の購入管理】

  • 購入した薬品は必ず薬品台帳を作成し,現有量や使用状 況を明確にする。

【毒物・劇物の取扱い】
  • 毒物,劇物の物理的又は化学的性質,特に,毒性の把握は当然ことであり,万一の事故に際して早急の対応が必要な事項については,事前に情報として収集し,活用できる態勢を整える。
  • 毒物及び劇物を頑丈な薬戸棚や薬品庫に保管して施錠し,盗難や紛失を防ぐための必要な措置を講じる。
  • 毒物又は劇物を貯蔵し陳列する場所に,「医薬用外」の文字及び毒物については赤地に白色をもつて「毒物」の文字,劇物については白地に赤色をもつて「劇物」の文字を表示する。

【薬品の保管上の管理】
  • 保管場所は目の行き届くところとする。
  • 毒物・劇物専用の鍵付きの保管庫に保管する。
  • 鍵の管理者を明確にし,鍵の数量のチェックを定期的に行って鍵の管理を徹底する。
  • 「管理簿」を作成し,定期的に在庫を確認する。紛失防止のための保管管理を行う。

【毒物劇物の廃棄上の管理】
  • 毒物劇物は処理せずに廃棄することはできない。
  • 毒物劇物は分解,燃焼,中和等の法律に規定された方法で廃棄するか,または知事の許可を受けた廃棄処理業者に処分を依頼する。

【毒物劇物取扱上の教育管理】
  • 毒物劇物取扱従業員に対し,毒物劇物取扱法に関しての 教育を定期的に行なう。

なお,窓板やプリズムのような結晶そのものは,毒物および劇物取締法の対象物質に該当しますが,ホルダーに組み込んだりして,機械の一部として見なされる場合は,法律上は非該当となります。しかし,危険性は変わりませんので,扱いには十分ご注意ください。

PRTR法

 特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(PRTR法)は「環境への排出量等の把握に関する措置(PRTR)並びに化学物質の性状及び取扱いに関する情報の提供に関する措置(MSDS)等を講ずることにより,事業者による化学物質の自主的な管理の改善を促進し,環境の保全上の支障を未然に防止する。」ことを目的に制定されました。
 対象化学物質には第一種と第二種があります。

第一種
指定化学物質
PRTRと
MSDSが必要
354物質
  • セレン化亜鉛(セレン及びその化合物)
  • フッ化バリウム (バリウム及びその水溶性化合物)
第二種
指定化学物質
MSDSのみが
対象
81物質
  • KRS-5(タリウム及びその水溶性化合物)

その他の法令

 窓板・プリズム材料の中には,毒物および劇物取締法やPRTR法以外の法令で規制がもうけられている場合があります。後述するMSDS等を参照して,安全に使用するようにしてください。

MSDS

 MSDS(Material Safety Data Sheet:製品安全データシート)は,その物質の化学的・物理的性質や,危険・有害性,中毒時の応急措置,取扱いおよび保管上の注意,危険性・有害性情報,廃棄上の注意,適用法令などの情報をまとめた文書です。これを読めば,どのように保管・使用・廃棄したらよいのかがわかります。
 MSDSはその材料の購入先から入手することができます。
また,インターネットを通じで,検索・入手することもできます。

最後に

 FTIR分析で使われる主な窓板やプリズム材料は結晶であるために,そのままでは即座に人体に影響が出るものではありません。しかし,破損した破片を飲み込んでしまったり,不十分な設備で研磨して研磨粉を吸い込んだりすると中毒を起こすものもあります。また,特定の薬品と反応して有毒ガスを発生する場合があります。保管・廃棄には法令等で厳しく管理を求められているものもあります。

 MSDSなどを入手して,正しくお使いいただくようお願い申し上げます。


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(付記) 表1 主な赤外線透過材料
材料名 透過波長域
cm-1(μm)
屈折率
1000 cm-1
水溶度 20℃
g/100g H2O
性質
 KBr
臭化カリウム
40000~340
(0.25~29.4)
1.52  65 安価で波長域も広い
加工性良好
(無水アルコール使用)
最も頻繁に利用されている
機械的にも比較的強い
湿度50%以下で保存
洗浄
クロロホルム
四塩化炭素
使用禁止
水を含む試料
低級アルコール 
 NaCl
塩化ナトリウム
50000~600
(0.25~16.6)
1.49 36 最も安価な材料
波長域も広い
湿度50%以下で保存
洗浄
クロロホルム
四塩化炭素
使用禁止
水を含む試料
低級アルコール
KCl
塩化カリウム
40000~500
(0.25~20.0)
1.46 34 NaCl,KBrと良く似た性質
あまり使用されない
洗浄
クロロホルム
四塩化炭素
使用禁止
水を含む試料
低級アルコール
 CsI
ヨウ化セシウム
33000~200
(0.3~50.0)
1.74 44 柔らかく傷つきやすい
遠赤外線で使用される
潮解性は非常に高い
湿度40%以下で保存,取り扱い注意
洗浄
クロロホルム
四塩化炭素
使用禁止
水を含む試料
低級アルコール
 KRS-5
(TlBr-TlI)
臭化タリウム+
ヨウ化タリウム
16600~250
(0.6~40.0)
2.37 0.05 波長域が広い
屈折率が高い
ATRプリズムに最もよく使われる
水にほとんど溶けない
Tlが有毒なので加工には特別の処理設備が必要
洗浄
クロロホルム
四塩化炭素
キシレン
使用禁止
アセトン
アンモニウム塩
硫酸,アンモニア水,EDTA(エチレンジアミン四酢酸)
などTlと錯体を形成する物質
 ZnS
硫化亜鉛
10000~725
(1.0~13.3)
2.2 不溶 水に強い
機械的,熱的衝撃に耐える
屈折率が高い
蒸着用物質として有用
洗浄
アセトン
アルコール
使用禁止
酸性液体 
 ZnSe
セレン化亜鉛
10000~550
(1.0~18.1)
2.4 不溶 水に強い
有機溶剤,弱酸,アルカリに強い
pH6.5~9.5の範囲で使用
屈折率が高い
ATR用プリズムとして使用
毒物及び劇物取締法で指定されている毒物
(セレン化合物)
強酸性試料を測定すると,有毒なセレン化水素
を発生する
洗浄
アセトン,水
使用禁止
酸性液体
強アルカリ
水溶液中でHCOO-が発生する試料:
Ca(HCOO)2やNaHCOOなどのギ酸塩類 
 BaF2
フッ化バリウム
50000~770
(0.2~12.9)
1.42 0.004 酸とアンモニアに溶ける
500℃までの高温で使用可能
水にほとんど溶けない
毒劇物取締法で指定されている劇物(バリウム化合物)
洗浄
アセトン,水
使用禁止
酸性液体
アンモニウム塩
 CaF2
フッ化カルシウム
50000~1100
(0.2~9.0)
1.39 不溶 アンモニウム塩に溶ける
酸・アルカリに強い
硬く,機械的強度良好
高圧セルの窓材に適する
洗浄
アセトン,水
使用禁止
強酸性液体
アンモニウム塩 
Si
シリコン
8000~660
(1.25~15.1)
3.4 不溶 半導体材料として有用
窓材としてはGeで代用できる
あまり使用されない
洗浄
アセトン,水
HF+HNO3
Ge
ゲルマニウム
5500~660
(1.8~16.6)
4 不溶 半導体材料として有用
蒸着材料として有用
レンズなどに加工できる
屈折率が高くATRプリズムとして高屈折率物質の測定に適する
水に強い
洗浄
トルエン,水
使用禁止
熱濃硫酸 
ダイヤモンド
Type II
40000~12.5
(0.25~800)
2.38 不溶 最も硬い物質
もろい
3000~1500cm-1にゆるやかな吸収がある(Type IIの場合)が,紫外から
遠赤外まで使用できる
天然ダイヤはType IとType IIがある
赤外窓材としてはType IIが有用
大きなサイズの材料は極めて高価
高圧セルの窓材に適する
洗浄
エタノール
アセトン
SiO2
融解石英
50000~2500
(0.20~4.0)
1.42
(3000cm-1
不溶 紫外,可視域の窓材として有用
赤外域は4μmまでしか透過しないがその領域では安定で加工しやすく
窓材として有用
洗浄
エタノール
アセトン 
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