MSイメージングによる脂質変動の解析

近年MALDI法による質量分析を用いて生体組織切片から直接,対象とする生体分子(低分子代謝産物,脂質,ペプチドやタンパク質など)を解析する方法が注目を集めており,疾病部位におけるバイオマーカー探索への応用が期待されています。 一般に解析に用いられる組織切片としては凍結切片が使われており,MALDI法を行うためのマトリックス溶液はスポッター(CHIP-1000)などを用いて組織切片上に均一に塗布されます。 マトリックスを塗布した後,MALDI-TOFMSによる組織切片上での解析を行い,対象となる生体分子のm/zを検出します。また疾患バイオマーカー探索においては病変部位と正常部位間でのMSピークの変動を比較して,バイオマーカーとしての特徴的なMSピークの探索が行われます。

四塩化炭素投与によって誘導された肝障害モデルのマウス肝臓組織切片を試料として,投与後のリン脂質の変動をMALDI-TOFMSを用いて直接組織切片上で検出した例です。

5週齢ICRマウスに四塩化炭素(1.0mL/kg)の腹腔内投与を行い,処理15分後および48時間後に解剖し,肝組織をヘマトキシリン・エオシンで染色しました(投与48時間後の肝臓で,中心静脈周辺に壊死,細胞浸潤が認められた)。
これぞれの凍結切片にスポッターによりCHCAマトリックス試薬をスポットし,組織切片上にて直接MALDI-TOFMS測定を行いました。

 

CV:中心静脈,PV:門脈,黄丸内:細胞浸潤

凍結組織切片上における直接MALDI-TOFMS測定結果

凍結組織切片上における直接MALDI-TOFMS測定により,四塩化炭素投与48時間後の組織切片からのスペクトルにおいて,特徴的な増減のあるピークを確認しました。
MSおよびMS/MS解析から,これらはホスファジルコリン(PC)のPC 32:0,PC 34:2,PC 34:1のプロトンおよびカリウム付加分子であると同定しました。
また,これらの変動を相対比較した結果,3種のリン脂質成分が四塩化炭素の投与前後で生物統計学的に増減を示していることがわかりました。一般に四塩化炭素投与マウスの肝障害モデルは,急性期の肝細胞壊死から,やがて肝細胞分裂,肝再生へと経過することが知られています。

このように組織切片からダイレクトに質量分析を行うことで,肝再生期に特徴のあるリン脂質の変動を組織切片から直接とらえることができました。