ICP-MS分析の基礎 5. ICP-MSによる測定のコツ

5.1. 最適質量数の選択

測定する元素の質量数を選択するときは、まず同位体の存在比率を確認します。他の元素からの干渉がない場合、測定で得られるイオン強度は同位体の存在比率と一致するため、通常は存在比率の高い質量数が高感度になります。ただしマトリックス元素によって同じm/zに重なるスペクトル干渉がある場合は、定量値の誤差を引き起こすため、あらかじめリスクの低い質量数を選択する必要があります。

例として、Cdの場合はm/z=114の場合が最も存在比率の高い質量数ですが、Snの同重体の干渉を受けます。マトリックス元素としてSnが含有している場合は、同重体の干渉のない質量数で感度(存在比率)の高いm/z=111を測定するようにします。その他、干渉の要因として多原子イオンの干渉や2価イオンの干渉がある場合は、同様に干渉の影響の少ない質量数を選ぶことが望ましいですが、干渉が避けられない場合、コリジョン・リアクションセルによる干渉除去や干渉補正(元素間補正・ハーフマス補正・干渉補正式)を使用します。

測定したm/zのイオン強度が分析対象イオンだけになるように、最適な質量数の選択や測定条件の設定が重要です。

最適質量数の選択
最適質量数の選択
ICPMS-2040/2050

島津製作所の最新ICP質量分析計「ICPMS-2040/2050」

プリセットメソッドには、代表的な用途における測定条件や分析元素、質量情報、内部標準元素などをあらかじめ設定してあります。ユーザーは最小限のメソッド検討を行うだけですぐに分析を開始できます。

5.2. セルガスの選択

選択した質量数に対して、どのセルガスで測定するのかを選択する必要があります。3.1.1 コリジョン・リアクションセルの記載のように、不活性なHeガスを使用するコリジョンモードは、衝突の際に副反応を起こさないため、試料中のマトリックス元素によらず、ほとんどの元素で干渉除去効果が期待できます。例外として低質量の測定元素はHeとの大きな質量差が無いため、衝突によって多くのエネルギー損失があり、測定感度が大きく低下します。試料中に含有する濃度が高い場合や要求感度が低い場合はHeコリジョンモードを使用することもありますが、低質量元素はセルガスを使用しないモード(No Gasモード)で測定を行います。

例として環境試料での一般的な測定元素とセルガス条件を示します。B(ほう素)は低質量数の元素であるため、No Gasモードで測定を行います。このときBの内標準元素として使用されるBeについても同じNo Gasモードで測定を行います。Na~Alなどの元素については、要求感度や生じる干渉の影響を考慮してセルガスを選択します。SeやFeに関しては、H2リアクションによってAr由来の干渉を大きく低減できるため、Heコリジョンの場合より測定感度を向上させる必要がある場合や、2価イオンのスペクトル干渉除去が必要な場合に用います。

コリジョン・リアクションセルとセルガス選択

環境試料で測定される元素と測定モード:表を開く
元素 質量数 測定モード
B 11 No Gas
Na 23 He No Gas
Mg 24 He No Gas
Al 27 He No Gas
Ca 44 He
Cr 52 He
Mn 55 He
Fe 56 He H2
Ni 60 He
Cu 63 He
Zn 66 He
As 75 He
Se 78 He H2
Cd 111 He
Sb 121 He
Pb 208 He
U 238 He

5.3 検量線の確認事項

 ICP-MSは定量分析の際に検量線による相対分析を実施するため、正確な検量線を作成することが重要です。作成された検量線について以下の4点の確認を実施します。ICP-MSは高感度測定が可能ですが、測定濃度範囲が低濃度になるほどコンタミネーション(汚染)や元素の溶液中の安定性にリスクが生じます。検量線の直線性に問題がある場合は、その原因が試薬の調製にあるのか、装置の測定感度や精度に問題があるのかを明らかにして対策を実施する必要があります。

確認ポイント

  • 1. コンタミネーション(汚染)がないか、強度がばらついていないか
     

    ブランク試料:強度の有無から導入系の汚れを確認

    ブランク試料以外:RSD(相対標準偏差)を確認

       

    RSDが悪い場合
    → 装置校正の実施や導入系のメンテナンス

  • 2. 検量線の相関係数(r)が0.999以上か
     

    rが0.999以下であったため再測定したが、同じプロットとなる場合
    →試料調製ミス・汚染の可能性があるため再調製

  • 3. 低濃度側も検量線に乗っているか
     

    設定濃度と検量線から再計算した濃度を比較
    最小二乗法によって検量線を作成するため、高濃度側の誤差が低濃度側に影響しやすい。
    濃度範囲が広い場合は特に注意が必要。
    →検量線の分割や重みづけを検討する

  • 4. 検量線濃度範囲の感度が十分あるか
     

    ブランク試料の繰り返し測定から算出した検出限界(3σ)、定量下限(10σ)を確認

  • 検量線の確認事項 最小二乗法グラフ
  • 検量線の確認事項

最小二乗法を使用すると、各点でのばらつき(標準偏差:σ)が一定としなるように回帰直線を求めます。この結果、低濃度領域は調製した検量線試料の濃度と、回帰直線から計算される測定濃度の相対誤差が大きくなります。低濃度側を重視して正確度を高くするためには、 重みづけによってばらつきが濃度に比例する計算を実施し、低濃度領域の誤差が少なくなるようにします。

以下、重みなし、ありのデータを比較すると、重みづけありの方は、設定濃度と、検量線から計算される濃度の濃度差が、0~1 ppbの微量の領域で小さくなっていることが分かります。

  • 最小二乗法 重みづけなしのグラフ

    重みづけなしのイメージ

    最小二乗法 重みづけなしの濃度差
  • 重みづけあり(1/I)のグラフ

    重みづけあり(1/I)のイメージ

    重みづけあり(1/I)の濃度差
 

5.4 ばらつきの確認

測定終了後は各試料の測定結果にばらつきがなかったかを確認します。異常値があった場合は、その定量値のばらつき方から原因を推測できることがあります。繰り返し測定を実施すると、1~4の4種類のばらつきを持った結果が得られます。

  • ばらつきなし:通常は最良な状態ですが、ブランク試料でこの結果が得られた場合は、汚染を検出している可能性があります。
  • 徐々に下がる:前の状態からのメモリー(キャリーオーバー)が生じており、装置導入系や洗浄液が汚れている場合があります。分析系条件の洗浄条件や導入系の見直しが必要です。
  • 徐々に上がる:試料の送液が遅く、測定までに試料が安定して導入されていない可能性があります。分析条件の試料導入時間の設定や試料導入系を確認します。
  • ランダムにばらつく:ブランク試料の場合は得られる強度が低いため、通常はこのようにばらつきます。測定元素を含む溶液の場合は、1のように安定して測定できることが理想です。測定元素を含む試料の場合は、その濃度の測定感度が十分であったかを確認します。内標準補正を行っている場合は、内標準元素がばらついていないかを確認し、測定元素と内標準元素のどちらの送液ラインに原因があるのかを特定します。

1回の試料の測定で5回繰り返し測定を実施した際のばらつきのパターン

  • 1. ばらつきなし
    ばらつきのパターン ばらつきなし

    ブランク試料
    ・強度が高いときは汚染の可能性
    →試料の再調製

    測定元素を含む試料
    ・測定上、問題なし

  • 2. 徐々に下がる
    ばらつきのパターン 徐々に下がる

    試料全般
    ・メモリーの影響あり
    ・導入系や洗浄液の汚染
    →導入系の洗浄

  • 3. 徐々に上がる
    ばらつきのパターン 徐々に上がる

    試料全般
    ・送液が遅く、測定までに試料が完全に導入されていない
    →送液速度の確認
    →ペリスタルティックポンプ・チューブの見直し

  • 4. ランダムにばらつく
    ばらつきのパターン ランダムにばらつく

    ブランク試料
    ・強度が低い状態で測定するため、このばらつき方が正常

    測定元素を含む試料
    ・測定感度の低下
    ・内標準元素の測定のばらつき
    →導入系の確認

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