執筆者紹介

vol.76 NOW 親水性化合物の構造分析

吉田 寛郎 先生

味の素株式会社 ライフサイエンス研究所 (ご所属・役職は2010年4月発行時)

学生のとき,初めてHPLCを使い始めてから,早10年が過ぎようとしています。しかし,諸先輩方の豊富な知識や経験を目の当たりにするたびに,まだまだ修行が足りないと思う今日この頃です。学生の頃は,ノニルフェノールという疎水性化合物を分析の対象として,蛍光検出器を用いた定量分析を行ってきました[1]。幸いpHをあまり気にする必要もなく,分析可能な化合物であったため,初心者の私にとっては分析するのにちょうど良い題材でした。

味の素㈱に入社してから現在に至るまで,疎水性化合物に代わり,親水性化合物の分析法の開発に取り組んでいます。その中でも,生体を司る重要な化合物であるアミノ酸に着目し,アミノ酸に関わる分析法の開発に取り組んでいます。分析法の開発と一概に言っても様々ですが,今回私がこれまで取り組んできた親水性化合物の構造解析法の1つについてご紹介したいと思います[2]。

研究開発の現場では,りん酸などの不揮発性の移動相とUV検出器を組み合わせた分析系が用いられていると思います。このような分析系で微量な未知ピークを検出した場合,微量成分の構造解析を得意とする質量分析計に直結することはできません。そのため,これまでは労力と時間をかけて,手作業により,分取,脱塩を行い,質量分析計で構造を解析していました。一昔前まではこれで良かったのかもしれませんが,現代の研究スピードでは遅すぎます。そこで,分析系から溶出した未知ピークをオンラインで分取,脱塩,質量解析できるシステムを,Co-Sense for NMR(㈱島津製作所)をベースにして開発しました。システムの構成図を示します(図1)

ホルムアルデヒドの誘導体化

図 1 オンライン脱塩システムの構成図

始めに目的化合物を分離し(工程1),UV検出器で目的化合物のピークを確認後,分取ループへこれを分取します(工程2)。次に揮発性イオンペア試薬(C7H15COOH)と目的化合物の間でイオンペアを形成させ,トラップカラムに保持させ,脱塩を行います(工程3)。最後に目的化合物を溶出し,質量分析計で構造解析を行います(工程4)。

タンパク質を構成する20種類のアミノ酸の1つである標準物質バリンを用いて本法を評価しましたところ,本法を適用した場合,バリンにプロトンが1個付加したイオン(m/z 118.0793)が検出されました(図2A)。一方,本法を適用しない場合,りん酸に関連するイオンのみが検出され,バリンに関連するイオンは検出されませんでした(図2B)。本法を適用すると,見事に脱塩できることがわかります。

ホルムアルデヒドの誘導体化

図 2 本法を適用した場合(A)と適用しない場合(B)における
標準物質バリンのマススペクトル

 

次に本法を牛の血清に適用した事例をご紹介します。図3は牛の血清を測定したときに得られたUVクロマトグラムです。四重極飛行時間型の質量分析計を用いて,矢印のピークを本法に適用しましたところ,図4Aのマススペクトルを得ることができました。このイオンの組成式を算出しますと,組成式はC9H15N4O3であることがわかりました。また図4Bは当該組成式のフラグメントイオンであり,組成式とフラグメントイオンの結果から,矢印のピークはカルノシンであることが判明しました。このことから,本法は親水性化合物の構造解析に有用であることをご理解して頂けると思います。尚,本法の開発にあたり,揮発性のイオンペア試薬を上手く活用できたことが,成功の秘結でした。

ホルムアルデヒドの誘導体化

図 3 牛の血清を測定したときのUVクロマトグラム

ホルムアルデヒドの誘導体化

図 4 矢印のピークのマススペクトル(A)とm/z 227のフラグメントイオン(B)

 

今回,牛の血清に適用した事例についてご紹介しましたが,他の生体試料や食品に含まれる親水性化合物を分析しますと,数多くの未知ピークが検出されると思います。時には未知ピークが多すぎて,困惑する場合もあります。しかし,これら未知ピークの中には,有用な成分が含まれている可能性は十分あります。今後,本法のような親水性化合物の構造解析を通じて,様々な研究分野で有用成分が発見されることを期待します。

参考文献

  • H. Yoshida, S. Kudari, T. Hori, M. SugiyamaWater Air Soil Pollut.,2009, 200, 267-276.
  • H. Yoshida, T. Mizukoshi, K. Hirayama, Hi. MiyanoJ. Chromatogr. A,2006, 1119, 315-321.

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