vol.41 ポリマーグラフト無機粒子を用いたコンポジット材料設計

執筆者紹介

vol.41 ポリマーグラフト無機粒子を用いたコンポジット材料設計

戸木田 雅利 先生

東京工業大学 物質理工学院 教授 (ご所属・役職は2023年9月発行時)

1. はじめに

 有機ポリマーは、軽量で成形加工性に富み、有機化学によって多彩なデザインが可能である。一方、誘電率や熱伝導率は無機物質よりも低い。ポリマー材料で誘電率、熱伝導率を向上させるアプローチの1 つとして、無機材料とのコンポジット化がある。無機粒子を有機ポリマーに混合するだけでは、粒子が凝集し、物性や成形加工性が悪くなってしまう。粒径が小さな粒子を均一に分散できれば、透明なコンポジットフィルムもできる。私たちは、誘電率が高いチタン酸バリウム(BT)の微粒子にポリメチルメタクリレート(PMMA)を高密度にグラフトし、PMMA中にBT微粒子が分散した透明高誘電率コンポジットフィルムを設計した[1]。また、熱伝導率が高い酸化マグネシウム粒子に液晶性ポリマー鎖をグラフトし、粒子表面での液晶配向を制御することで、高熱伝導性コンポジットを設計した[2]。本稿では、これらの研究をIRスペクトルの活用を交えて紹介する。

2. 高誘電率透明フィルム[1]

 スマートフォンなどのタッチパネルは、ガラス板を挟んで指と電極との間で形成されるコンデンサーで指の位置をセンシングする。コンデンサー容量を大きくするためガラス板は高誘電率強化ガラスでできている。このガラスを透明ポリマーフィルムに替えられれば、軽くて割れないタッチパネルになる。透明で軽量な高誘電率フィルムは高誘電率セラミックスの微粒子と透明ポリマーのコンポジットでつくることができる。表面エネルギーが高いセラミックス粒子は有機ポリマーとの親和性が低い。セラミックス粒子の分散に界面活性剤の添加が有効であるけれども、遊離界面活性剤による漏れ電流が発生したり、誘電損失が増加したりするなどの問題が生じる。我々は、BT(比誘電率ε = 5000)粒子の表面に透明樹脂であるPMMAをグラフトし、BT-PMMAコンポジットを調製した(図1)。BT粒子表面にグラフトしたPMMA鎖の存在でBT粒子同士は隣接できないから、凝集することはないと考えた。

図1

図1 BT-PMMAコンポジットの調製。
   (a)BT 粒子、
   (b)表面開始基を付与したBT 粒子(BT-Br)、
   (c)PMMAグラフトBT粒子(BT/PMMA)、
   (d)ホットプレスしたBT-PMMAグラフトBT粒子(BT体積分率10%)の外観、
   (e)(d)の電子顕微鏡像。
   Elsevier から許可を得て転載[1]

 BT-PMMAコンポジットは、BT粒子(粒径D = 7 nm、図1a)の表面に、原子移動ラジカル重合(ATRP)の開始基を持つシランカップリング剤を反応させ(図1b)、メチルメタクリレートをATRP法で重合して調製した(図1c)。数平均分子量が32,000 ~ 40,000 のPMMA鎖を1 nm2 あたり、0.2 ~ 0.7 本グラフトし、BTの体積分率が3.2 ~ 10%のBT-PMMAコンポジットを得た。ここで、PMMAはすべてBT表面に結合したグラフト鎖である。このコンポジットのホットプレスフィルムの550 nmでの透過率は80%以上(厚さ100 µm に規格化)であり、厚さ0.5 mmのフィルムの外観は透明であった(図1d)。フィルム内部を電子顕微鏡で観察すると、BT粒子がPMMA中に均一に分散していた(図1e)。粒子表面の化学構造変化を拡散反射(DR)IRスペクトルで追跡すると、BT表面にATRP開始基を付与したBT-BrのDRIRスペクトル(図2b)には、Si‒OとSi‒O‒Siに関連する1,116 cm-1と1,020 cm-1 のピークがあり、シランカップリングによりBT粒子表面にシランカップリング剤のシロキサン部位が結合したことがわかる。BT-PMMAのスペクトル(図2c)には、PMMA鎖に由来する2,962 cm-1(C‒H 伸縮)、1,730 cm-1(C=O 伸縮)、1,263cm-1(C‒O伸縮)に由来する吸収ピークが見られる。

図2

図2 (a)BT 粒子、(b)BT-Br、(c)BT-PMMAのDRIRスペクトル。
   図中の矢印は本文中で言及したピークを示す。Elsevierから許可を得て転載[1]

 コンポジットフィルムのεは、BTの体積分率φの増加に伴って増加し、φ = 10% でε = 4.1、tan δ = 0.04(25 ℃、1 kHz)となった(図3a)。計測値から見積もられるBTのεは47となり、一般に知られる値の1/150となった。結晶が小さいためにεが低下したと考える。BT微粒子のεの計測値を、文献値とともに粒子径Dに対してプロットすると、εは ε ∝ D1.6 の関係にあることがわかった(図3b)。もう少し大きなBT粒子を使えば、より高いεの透明フィルムが調製できるはずである。粒径20 nmのBT粒子の提供を受けてPMMAのグラフトを試みたが、今のところ成功していない。製法によって表面の化学構造が異なるためと考えている。

図3

図3 (a)BT-PMMA の比誘電率(1 kHz、25℃)のBT体積分率φ依存性。
   実線はBTのεを47として対数混合則で計算される値を示す。Elsevierから許可を得て転載[1]
   (b)BT微粒子のεの粒径依存性。赤丸で囲まれたものが本研究で決定された値。
   ほかは文献値[3, 4]

3. 液晶ポリマーを活用した高熱伝導ポリマーコンポジットの設計[2]

 有機ポリマーの熱伝導率(λ)は0.2 W m-1 K-1 程度であり、金属の1/1,000 程度と極めて低い。ポリマー材料のλを高める方法の1つとして、λの高い無機粒子(フィラー)と混合するコンポジット化がある。コンポジットのλ(= λc)は、フィラーとマトリックスのλ(それぞれλf、λm)からBruggemanのモデルに基づく以下の式(1)で計算できる。

(1)

 

 ここで、vはフィラーの体積分率である。図4 に、λfとλmの値が異なる3種類のコンポジットのλcをvに対してプロットした。曲線Aは典型的なλ値であるλf = 30 W m-1 K-1、λm = 0.2 W m-1 K-1で計算したλcである。曲線BとCは、曲線Aに比べてλfとλm がそれぞれ5倍にしたときのλcである。例えば、λc = 2 W m-1 K-1を達成するためには、BはC(v = 25%)よりも2倍以上大きなv(= 55%)でフィラーを混合しなければならない。高熱伝導性コンポジット材料でも、その熱伝導率を向上するにはλm の向上、つまりはポリマーの熱伝導率向上が有効であることがわかる。

図4

図4 ポリマーコンポジットの熱伝導率(λ)のフィラー粒子体積分率(v)依存性(計算値)。
   λは、(a) ポリマーのλ(= λm)が0.2 W m-1 K-1、フィラー粒子のλ(= λf)が30 W m-1 K-1
   (b)λm = 0.2 W m-1 K-1、λf = 150 W m-1 K-1、および(c)λm = 1 W m-1 K-1
   λf = 30 W m-1 K-1 の場合について、Bruggeman のモデル(式(1))で計算した。
   American Chemical Society から許可を得て転載[2]

 有機ポリマーのλは極めて低いものの、ポリマー鎖を伸長すると、伸長方向に高いλを示す。例えば、ポリエチレンでは、延伸フィルムで62 W m-1 K-1[5]、ナノファイバーで104 W m-1 K-1という値が報告されている[6]。伸張配向したポリマー鎖がその共有結合に沿って熱を伝導すると考えられている。液晶ポリマー(LCP)は、液晶配向方向に高いλ(= λ//)を示す。液晶配向方向に分子鎖が伸張するためと考えられているけれども、低分子液晶や側鎖型高分子液晶も、配向方向に高い熱伝導率を有することが報告されてきている[7‒9]。我々は、LCPの配向方向の高い熱伝導率(λ//)をλmとするLCPコンポジットを設計した。フィラー表面にLCPをグラフトし(図5a)、表面に対して液晶を垂直に配向させ、フィラー表面間を液晶の配向方位で連結して、熱伝導率がλ//の熱のパスを形成するようにした(図5b)。

図5

図5 (a)表面に液晶性ポリマーPThE5b3 がグラフトした酸化マグネシウム粒子(LCP-g-MgOP)と
   PThE5b3 の化学構造。
   (b)LCP-g-MgOPとLCP からなるポリマーコンポジット中の液晶配向と熱伝導パス。
   American Chemical Society から許可を得て転載[2]

 表面にアリル基が修飾されている酸化マグネシウム粒子(MgOP、粒子径10 µm)に25℃でλ// = 0.64 W m-1 K-1 のスメクチック液晶を形成する高分子液晶PThE5b3がグラフトしたLCP-g-MgOPを調製した(図5a)。PThE5b3のモノマーの端はそれぞれチオール基とアリル基であり、これらが反応、結合してポリマーになる。MgOPの存在下でモノマーを重合すると、MgOP表面のアリル基とモノマーのチオール基が反応してモノマーが結合、そのモノマーに他のモノマーが結合していき、表面にPThE5b3がグラフトしたMgOP(LCP-g-MgOP)と、モノマー同士が結合したPThE5b3が得られる。重合後、ポリマーの良溶媒中に分散、洗浄、遠心分離を繰り返して得たLCP-g-MgOPのFT-IRスペクトルには、PThE5b3とMgOPに帰属されるピークが含まれていた(図6a)。例えば、3,700(O-H伸縮)、~1500、~850、~500 cm-1(Mg-O伸縮)はMgOPのスペクトルにも見られ(図6b)、3,055 cm-1(Ar-H 伸縮)、2,930および2,850 cm-1(CH2伸縮)、1,730 cm-1(C=O伸縮)、1,600および1,500 cm-1(芳香族 C=C 伸縮)はPThE5b3のスペクトルにも見られる(図6c)。これらIRスペクトルから、LCP-g-MgOが調製できたことを確認した。LCP-g-MgO中のPThE5b3の重量分率15 wt.%は熱重量分析で決定した。

図6

図6 (a)LCP-g-MgOPと(b)MgOPのDRIRスペクトルおよび(c)PThE5b3のATR-IRスペクトル。
   American Chemical Society から許可を得て転載[2]

 PThE5b5を磁場配向して、液晶配向方向のλを求めた。磁場配向方向の熱拡散率αを温度波熱分析法で計測、熱伝導率λ = αρCP(ρは密度、CPは定圧熱容量)であることから、液晶配向方向のλ(= λ//)を0.635 W m-1 K-1と決定した。LCP-g-MgOPとPThE5b3ポリマーからなるLCP-g-MgOP/LCPコンポジットは、MgOPの体積分率vが34%のとき、λc = 2.1 W m-1 K-1 を示した。このλc値とMgO のλ(文献値:42 W m-1 K-1)を用いて、(1)式から、ポリマーマトリックスの熱伝導率はλmを計算すると、0.66W m-1 K-1となった。フィラー表面の液晶配向制御によって、マトリックスの熱伝導率λmを液晶配向方位の値λ//にまで高めることができた。フィラー表面の液晶配向を制御することで、マトリックスのλが高分子液晶の配向方位に高いλと等しくなる。高分子液晶を用いた高熱伝導性ポリマーコンポジットの設計を提案した。

4. まとめ

 本稿では、ポリマーグラフト無機粒子からなる透明・高誘電率コンポジットフィルム、フィラー表面の液晶配向制御による高熱伝導コンポジットの設計を紹介した。実験室内で簡便に粒子表面の化学情報を得ることができるFTIR法を活用して、実験をスムースに進めることができた。

 

謝辞
 これらの研究を遂行するにあたり、JST S-イノベ「高分子ナノ配向制御による新規デバイス技術の開発」(2009 ~2018 年度)、JST-CREST「高分子の熱物性マテリアルズインフォマティクス」(JPMJCR19I3)の助成を受けました。

参考文献

  • [1] N. Iwata, O. Sato, K. Ohno, K. Sakajiri, S. Kang, and M. Tokita, Polymer, 81, 23‒28 (2015).
  • [2] S. Ishikawa, K. Kawahara, S. Tomizawa, Y. Watanabe, and M. Tokita, ACS Appl. Polym. Mater., 4, 6908‒6915 (2022).
  • [3] T. Hoshina, H. Kakemoto, T. Tsurumi, S. Wada, and M. Yashima, J. Appl. Phys., 99, 1‒9 (2006).
  • [4] P. Kim, N.M. Doss, J.P. Tillotson, P.J. Hotchkiss, M. Pan, S.R. Marder, J. Li, J.P. Calame, and J.W. Perry, ACS Nano, 3, 2581‒2592 (2009).
  • [5] Y. Xu, D. Kraemer, B. Song, Z. Jiang, J. Zhou, J. Loomis, J. Wang, M. Li, H. Ghasemi, X. Huang, X. Li, and G. Chen, Nat. Commun., 10, 1771 (2019).
  • [6] S. Shen, A. Henry, J. Tong, R. Zheng, and G. Chen, Nat. Nanotechnol., 5, 251‒255 (2010).
  • [7] M. Uehara, H. Takezoe, N. Vaupotic, D. Pociecha, E. Gorecka, Y. Aoki, and J. Morikawa, J. Chem. Phys., 143, 074903 (2015).
  • [8] A. Sugimoto, Y. Yoshioka, S. Kang, and M. Tokita, Polymer, 106, 35‒42 (2016).
  • [9] H. Harada, T. Saito, and M. Tokita, Macromolecules, 55, 1178‒1184 (2022).

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