LCtalk48号INTRO

 大気圧イオン化法(API)の開発により,広範な有機化合物をイオン化できるようになり,LC-MSの分析適用範囲も拡大しています。 ところで,APIではどのようなマススペクトルが得られるのでしょうか。 今回はこのお話です。

「APIのマススペクトル」

ビタミンB2(リボフラビン)のマススペクトル
図1.ビタミンB2(リボフラビン)のマススペクトル

 ESI,APCIいずれにおいても,主としてプロトン化分子が,また他に金属付加,溶媒付加したイオンが検出されることは以前述べました。 ここではGC-MSで良く用いられているEI(電子イオン化)と比較してみます。 図1にビタミンB2(riboflavin)のEIおよびESIスペクトルを示します。 縦軸はイオン強度,横軸は質量と電荷の比(m/z)のグラフに表されます。
 EIでは電子線により気相の分子から電子1個が外れ,分子イオン(ラジカルカチオン)が生成します。 これは瞬時に開裂し,一群のフラグメントイオンが生成します。 これらフラグメントイオンのパターンを考察し,構造情報を得ることができます。 しかし分子イオンピークが検出されない場合も少なくありません。 図1aにおいても分子イオンは検出されず,フラグメントイオンのみが検出されています。 EI は分子量情報を得にくく,CI(化学イオン化)など相補的な分析法が必要になります。

エリスロマイシンの衝突誘起解離(CID)スペクトル
図2.エリスロマイシンの衝突誘起解離(CID)スペクトル

 これに対しソフトなイオン化法であるESIでは,m/z377にプロトン化分子,m/z399にナトリウム付加イオンが検出されるといったシンプルなスペクトルを示し,フラグメントイオンはほとんど見られません。 このようにAPIでは,未知化合物の構造推定に重要な分子量情報を容易に得ることができます(ビタミンB2は塩基性の官能基を持つので,この例では正イオンモードを用いています)。 しかしフラグメントイオンを生じにくいということは,これらを解析して官能基など構造情報を得ることが難しいともいえます。
 APIで構造情報を得る手法としては,衝突誘起解離(CID)と呼ばれる方法でフラグメントイオンを生成させ,これを測定する方法があります。 静電レンズ部分でのCID (図2)や,後にふれますが衝突室を持ったタンデム型質量分析計によりCIDを起こさせることができます。 図2では,静電レンズ部分に印可する電圧を上げることで,抗生物質エリスロマイシンのフラグメントイオンを生じさせた例を示します。 これらイオンを利用してクロマトグラム上に現れるマイナー成分の同定が可能です(Prominence UFLC Technical Report No.3)。

「多価イオン測定」

ウマ由来ミオグロビンのマススペクトル(LC-ESI-MS法による多価イオン測定)
図3.ウマ由来ミオグロビンのマススペクトル(ESI,多価イオン)

 APIのうち,特にESIでは複数のイオン化部位を持つ化合物で,分子イオンが多電荷を持つ場合があることが知られています(正イオンの場合は複数のプロトンが付加,[M+nH]n+)。 プロトン付加の程度は化合物のpKaや溶液のpHに強く影響されます。 このような多価イオンが観測されれば,質量分析計の測定範囲を超える分子量を持つ化合物でも分子量情報が得られます。 非常に分子量の大きくかつ,極性の高いタンパク質,ペプチド,核酸などの生体高分子の測定に利用されています。 図3にタンパク質の例としてウマミオグロビンのESIスペクトルを示します。 ここでは9~20価のイオンが検出されており,その分子量はデコンボリューション計算により16951.3と算出されます。 アミノ酸組成から計算した理論分子量16951.5と比較し,そのずれは0.002%以下と非常に正確な値が得られています。

(Ym)


補足キーワード:LCMS, 液体クロマトグラフィー質量分析装置

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