近赤外領域での測定と注意点 その1:透過測定,UV-Vis-NIR光度計との比較

フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)は主に中赤外光と呼ばれる波数4,000〜400cm-1(波長2.5〜25μm)の光の吸収を測定し,物質の同定や定量などに使われています。このFTIRの干渉計のビームスプリッタや検出器を近赤外光に対応したものに変更することで近赤外測定ができるものが市販されるようになりました。近赤外領域の測定は中赤外領域の測定と異なるいくつかの特長,注意すべき点がありますので,実際のサンプル測定例をまじえご紹介いたします。

 

1. 近赤外吸収の特長

近赤外光とは一般に波数12,500〜4,000cm-1(波長800〜2,500nm)の光のことを示します(図1参照)。近赤外の光の吸収は中赤外領域の吸収と同様に,物質の振動に基づくものですが,中赤外吸収の倍音,結合音であることから,近赤外吸収は中赤外吸収に比べ吸収強度はかなり弱くなります。このため吸収の弱いサンプルの測定は難しくなりますが,サンプルを希釈せずに測定ができることが特長となります。また溶媒自体の吸収も弱くなるため例えば水溶液の測定も比較的簡単に行えます。
近赤外吸収測定においても透過や拡散反射などいくつかの測定方法が知られていますが,各種測定方法について測定例を示しながらご紹介します。

近赤外光とは
図1. 近赤外光とは

2. 液体の近赤外透過測定

近赤外領域においてよく行われる測定に溶液の透過測定があります。測定サンプルとしてはいろいろなものがありますがそのひとつとして水溶液の測定があげられます。ご存知のように中赤外領域においては水の分子吸光係数が極めて大きく大抵の場合溶媒の吸収が飽和してしまいます。このため他の物質の吸収が全く確認できないことが数多くあります。これに対して近赤外透過測定では光路長1mmのセルを使用した場合でもほとんどの領域で水に混在している物質の吸収を確認することができます(もちろん濃度が薄い場合は吸収の確認は困難です)。
また近赤外領域では可視光領域と同様にガラス,石英の吸収がほとんど見られません。測定用の窓板やセルとして化学的にも安定で取り扱いやすいガラスや石英の使用が可能です。

水溶液の測定例としてエタノール水溶液の近赤外スペクトルを図2に示します。セルは光路長1mmのものを用いました。水の吸収とともに溶解しているエタノールの吸収がはっきりと確認できます。このように中赤外領域では飽和しやすい水溶液の測定が近赤外領域では比較的簡単にできます。

エタノール水溶液の測定
図2. エタノール水溶液の測定

このような水溶液や水分の多いサンプルの測定では試料の温度に注意が必要です。図3に25〜80℃まで温度を変化させた際の水のスペクトルを示します。

温度が上がるにしたがい7,000cm-1付近のピークが高波数側にシフトすることが確認できます。表1は波数6,890cm-1(25℃でのピーク位置)における吸光度の温度変化を示しています。

表1 6,890cm-1における水の温度と吸光度

温度(℃) 吸光度
25 1.418
40 1.403
60 1.390
80 1.372

 

温度による水のピーク波数変化
図3. 温度による水のピーク波数変化

このように水の温度が変化すると波数シフトに伴い吸光度も変化することがわかります。このため水分を含むサンプルの近赤外測定では温度を一定にして測定しないと,水の吸収付近で吸光度が一定しません。
ここで示したピークシフトの主たる原因は水分子同士の水素結合が温度により変化するためといわれています。
水素結合の変化ということに話をうつしますと,近赤外領域では水素結合しているOH基と水素結合していないOH基のピーク位置が大きく異なることや,水素結合していないOH基のピーク強度が比較的大きいことなどから水素結合に関する分析がよく行われています。(島津アプリケーションニュース No.A365)

3. 固体の近赤外透過測定

ここまでは溶液の近赤外透過測定について話をしてきましたが固体の測定においても近赤外透過測定法は有効です。厚さ1mmのポリスチレンの近赤外透過スペクトルを図4に示します。近赤外測定においては厚さ1mmのサンプルでもほとんど吸収が飽和していないことがわかります。 同じサンプル厚さ1mmのポリスチレンの中赤外透過スペクトルを図5に示します。吸収が飽和していることがわかります。 このように固体の測定においても,中赤外領域の測定では吸収が飽和するような厚さの厚いサンプルでも近赤外領域では飽和せずに測定が可能です。

近赤外スペクトル(1mm厚ポリスチレン)
図4. 近赤外スペクトル(1mm厚ポリスチレン)
中赤外スペクトル(1mm厚ポリスチレン)
図5. 中赤外スペクトル(1mm厚ポリスチレン)

4. 紫外可視近赤外分光光度計との比較

 

近赤外スペクトルを測定できる装置として紫外可視近赤外分光光度計が知られています。FTIRと同じように近赤外スペクトルの測定が可能ですが装置の構造が異なり,得られるデータに違いが見られます。
o-キシレンの透過測定例を示します。FTIRでの測定結果を図6に,紫外可視近赤外分光光度計での測定結果を図7に示します。比較しやすいよう横軸は波長表示となっています。

近赤外スペクトル(1mm厚ポリスチレン)
図6. o-キシレンの近赤外透過スペクトル
(FTIR)
中赤外スペクトル(1mm厚ポリスチレン)
図7. o-キシレンの近赤外透過スペクトル
(紫外可視近赤外分光光度計)

これらの図から確認できますように干渉計を用いるFTIRで測定した場合,非常に分解のよいデータが得られています。波長1.685μm(5,950cm-1)付近のピークが2つに分離していることが確認できます。これに対して分散素子を用いる紫外可視近赤外分光光度計の場合,このピークがひとつになっています。
装置や測定アタッチメントにもよりますが,透過で測定する場合の分解を比較するとFTIRでは8〜16cm-1が標準的な設定ですが,紫外可視近赤外分光光度計では10,000cm-1付近で約50cm-1(波長で5nm)とされています。 一方,紫外可視近赤外分光光度計では,吸光度値の繰り返し再現性はFTIRより優れていることが知られています。

5. まとめ

今回は近赤外領域での透過測定法の特長や注意点などについてご紹介いたしましたが,次回は透過測定法以外の測定方法についてご紹介したいと思います。