1. 分解とは

FTIRでスペクトルを測定する場合,その測定パラメータとして,"分解"があります。
"分解"は, 16cm-1, 8cm-1, 4cm-1, 2cm-1・・・・・・・・などから選択することが出来ますが,これは測定するデータの細かさ(分解できる最小ピーク間隔)を示すものです。
例えば,4cm-1を選択すると,得られるスペクトルはおよそ 2cm-1ごとになっており,よりシャープ(分解の高い)なスペクトルを得るためには,2cm-1や 1cm-1などの値を設定します。
ただし,これは気体などの試料の場合に成り立ちますが,固体や液体などの試料の場合は,高分解な設定にしても得られるデータの分解は向上しない場合があります。これは,固体や液体の分子が周りの分子の影響を受けてピーク自身が広がっているためです。
また,分解を高くすると,後述するように小さなアパーチャが選択され,検出器に入る光量が減少し,スペクトル上のノイズが増えるために,必要以上に分解を高くすることは好ましくありません。
このため,固体や液体などの試料の場合は,一般的には 4cm-1程度に,気体などの場合には 1cm-1や 0.5cm-1の設定にします。なお,気体の場合でも定量目的などの場合には,低い分解で測定することもあります。

2. FTIRをカメラにたとえるならば

少々乱暴かもしれませんが,FTIRの"分解"の設定は,カメラの絞りやシャッタースピードの設定に例えると分かり易いと思います。

表1 FTIRとカメラの設定

FTIR カメラ
赤外光源 被写体からの光
アパーチャ(分解) 絞り
積算回数 露光時間 (シャッタースピード)
ゲイン設定 (通常は”AUTO")
検出器設定 (TGS検出器やMCT検出器など)
フィルムのISO感度

 

カメラの"絞り"は,被写体から入射する光を一度,"絞り"の位置で集光し,その量を調節する機構です。鮮明な写真を得るためには,"絞り"を絞ればよいわけですが,フィルムに入る光量が減るために,暗い写真になります。
これをより明るくするためには,シャッタースピードを遅くし,フィルムに入る積算光量を増やします。
一方FTIRでは,カメラの"絞り"に対応する"アパーチャ"の選択により,得られるスペクトルの鮮明さ(ピークのシャープさ)を変えることができます。
カメラでは,被写体からの光をフィルムに映すことになりますが,FTIRでは,装置内部に赤外光源を組み込んで,試料に照射し,検出器でその光量変化を収集します。
光源の大きさを変更することは容易でないために,一度光源の像をアパーチャ位置で集光し,アパーチャの大きさを変えることにより,擬似的に光源の大きさを変えています。

3. アパーチャとは

装置の光源は,理想的には点(光源)ですが,そのような光源は存在せず,また,赤外検出器面で十分な光量を確保するために,ある大きさを持った光源を使います。光源が点光源でないと干渉計に入る光は平行な光だけでなく斜めに入る(斜入射)光も試料に照射され,最終的に赤外検出器で受光され,測定する信号として取り込まれます。
この斜入射の光は,直進する光と同様に扱われますので,波長の長い成分が斜めに入る角度分だけ波長の長い成分としてデータに組み込まれます。
この斜入射の成分は,光源の大きさに応じて増減するために,測定する"分解"が,斜入射によるピークの広がりの影響を受けない程度になるようにアパーチャ径を選択すればよいわけです。
FTIR装置内部では,"アパーチャ"を"AUTO"に設定した場合,設定された"分解"に応じて,自動的に"アパーチャ"が設定されます。

各分解で必要なアパーチャ径A(cm)は,

fc : コリメータ焦点距離
Δλ : スペクトル分解
λmax : 測定最大波数

で計算することができます。
図1は,各アパーチャの光量の違いをパワースペクトル強度により表示したものです。

各アパーチャの光量の違い
図1. 各アパーチャの光量の違い

FTIRでは,高速フーリエ変換(FFT)を用いてインターフェログラム(干渉波形)をパワースペクトルに変換しているために,各分解のデータ点数は2のべき乗となります。(表2参照)図1から分かるように,分解が倍良くなると,アパーチャによる光量は1/2程度になります。光量が減少した分,見かけ上のノイズは増えますから,高分解測定の場合,積算回数を十分大きく設定しないと鮮明なスペクトルは得られないことになります。

4. 分解とデータ点数

汎用的な赤外分光光度計では,一般的に 16cm-1から 0.5cm-1程度までの分解を選択することが可能ですが,装置内では,実際に分解を設定すると次のような変更を行います。

 設定分解に応じた移動鏡の駆動距離(光路差)を設定する。
 設定分解に応じたアパーチャを設定する。

島津IRPrestige-21では次のような設定を行っています。

表2 分解と各種パラメータの設定値

分解 16 8 4 2 1 0.5
光路差 0.075 0.125 0.25 0.5 1 2
データ点数 2048 4096 8192 16384 32768 65536
データ間隔(補1) 7.72 3.86 1.93 0.96 0.48 0.24
アパーチャ径 open open open 3.0 2.4 1.5
(補1) 記載値は計算上の値
実際は選択したアパーチャ径ごとのパラメータで補正している

 

FTIRでは,一般的に632.8nmの波長のヘリウムネオンレーザーを使って,その干渉フリンジ位置でデータをサンプリングしています。
He-Neレーザーの波長632.8nmを波数に変換すると7901cm-1で,これをデータ点数の1/2で割った値(FFTでは負側にもデータが現れるため)がデータの波数間隔になります。
4cm-1で測定する場合,8192点のデータを収集するので,
7901÷8192/2≒1.93cm -1
ごとにデータが生成されます。これは計算上の値で,実際には,選択されたアパーチャ径ごとに設定された補正値を掛けて,光学的な波数のズレを補正しています。
移動鏡の駆動距離(光路差の1/2)とサンプリング点は比例しますが,各分解で必要なデータ点数は,表2に示す値となります。

5. 実際の測定における注意点

図2は,分解を変えて,空気中の水蒸気のスペクトルを測定したものです。
高分解測定になるにしたがって,水蒸気の細分化された吸収ピークが現れてくることが分かります。

各分解で測定した水蒸気のスペクトル
図2. 各分解で測定した水蒸気のスペクトル

アパーチャは,光源の結像位置に配置されていますが,試料室の集光位置も光源の結像位置となります。
このために,試料室において,サンプルホルダなどがアパーチャと同様な光量を制限する場合,波数がずれたり,波形が乱れたりする場合があります。
例えば,バックグラウンド測定時はサンプルホルダが無い状態で測定し,サンプル測定時に光束径を大きく変えるホルダによりサンプルを測定するとこのような不具合が生じます。(図3参照)
バックグラウンド測定を,サンプルを搭載しない状態でサンプルホルダを使っておこなうか,測定時のアパーチャ径の設定を1.5や2.4などに固定しておこなうとこのような不具合を回避することができます。(図4参照)

サンプルホルダ無しに測定した異常スペクトル

図3 サンプルホルダ無しに測定した異常スペクトル

 

図3と同条件でアパーチャ1.5にて測定したスペクトル

図4 図3と同条件でアパーチャ1.5にて測定したスペクトル