執筆者紹介

vol.94 分析も「運鈍根」と33年

大﨑 幸彦 先生

小林製薬株式会社 中央研究所 基盤研究部
評価研究グループ グループ長 (ご所属・役職は2015年7月発行時)

創刊以来30年超の伝統を有するLCtalk誌の巻頭コーナーである「talk」に寄稿させていただける機会をいただきましたことに深く感謝いたします。また,今後もLCtalk誌を末長く読ませていただける身でありつづけられること,すなわち1日でも長く分析化学に携われるよう,日々精進をしたいと考えております。いままで本欄に寄稿されました先生方のような格調高いお話は書けませんが,33年間の現場分析稼業のエピソードと,そこから学んだ人生訓を絡めたお話させていただければと思いますので,お気楽にお付き合いいただければ幸いです。

さて,私と分析との関わりは今から33年前,21歳の春に遡ります。1982年4月,今となっては時代を感じさせる専攻名?である工学部石油化学科の4年次に進級し,研究室振り分けを経て,機能性高分子研究室に配属されました。そこでは,宮田幹二先生(現在は大阪大学大学院工学研究科名誉教授)のチームで包接現象を利用した包接不斉重合の卒業論文研究をさせていただきました。重合させるモノマーはグリニャール反応やウィッティヒ反応を用いて,自分で合成しなければなりません。そして合成後,得られたモノマーを精製するための分取操作として,GCを用いたのが私と分析,とりわけクロマトグラィーとの出会いでした。当時の相棒GCには自動分取装置はおろか,自動注入装置も無く,自分でカラム充填剤を調製して自分で詰めるパックドカラムGCで分取精製をしておりました。日がな一日,漫画本(たまには海外論文)を抱えてGCの前に腰を据えて座り込み,TCD検出器で目的ピークが検出されている間のみ冷却トラップで微量の目的モノマーを凝縮採取していくという,ひたすら「根(気)」が必要とされる分析人生のスタートでした。研究的にはこの後,ガンマー線重合というメインプロセスがあるのですが,私の記憶の中ではこのGCによる分取精製から「根」の必要性を学んだことが強く印象付けられています。

こうして分析機器とのお付き合いスタートさせた私ですが,大学を出て最初の職場となったのは大阪府警察本部科学捜査研究所でした。ここでは数多くの工業製品,薬毒物,公害に関わるサンプルの検査,鑑定及び研究に携わることをさせていただきました。また,生涯年収級の高価な装置も含めて,数多くの分析機器との出会い経験もさせていただきました。今でこそドラマやメディア露出によって,誰もが知っている科学捜査研究所ですが,昭和末期,私が新米研究員であったころは,世間にもほとんど知られていない,非常に地味でタフな職場でした。そんな職場には,分析化学という専門性に長けた先輩が多くおられ,ある先輩から「分析機器は生きていると思え!機械ごとに性格もある。親身に扱わなければ思うように働いてくれんぞ!」と教えられたことは今でも分析者にとっての金言です。そして,裁判上の証拠となる超微量の成分を必死になって追求するときの苦しみと,検出に成功したときの喜び。成功したときの裏には,ある意味で,ときには鈍いくらいの粘り強さでもある「鈍」の必要性を学んだと言えます。

そして,2000年からは小林製薬において,一般医薬品,医薬部外品の製造販売承認申請書に必要な分析データ取得をメインとする分析業務に携わっております。これは前職で経験した超微量(定性)分析とは毛色の異なる苦労が必要な任務です。読者の皆様にはご承知のことかと思いますが,対外的に説明可能な信頼性の確保された分析手法を用いて,真度,精度,再現性及び頑健性などが満たされた正確な定量分析結果が求められます。分析室に入れば数多くのHPLCが常時運転しており,常にポンプの奏でる心地よい?サウンドが鳴り響いています。中には有効成分上の特性や配合される成分との相性などにより,分析化学的に困難な仕事もあります。逆に分析的に高難度な仕事と予想していても,反して案外上手くゴールできるケースもあります。カラム選択,移動相選択,装置の状態などなど,分析理論では説明できないラッキー&アンラッキーな事象が複雑に絡み合って仕事のアウトプットに影響する。まさに「運」です。良い仕事をする上で分析屋には努力にプラスして「運」の必要性も思い知らされる日々です。

分析に必要な要素として,現職で学んだ「運」,前職で学んだ「鈍」,そして学生時代に学んだ「根」。これら三つを合わせて「運鈍根」というワードがあります。大辞林によると,「運鈍根」とは「成功するには,幸運と根気と,鈍いくらいの粘り強さの三つが必要であるというたとえ。」と記されています。ここでネタ明かしとなるのですが,私の父は生前「人生は運鈍根や」と,よく口にしておりました。今では非公式?家訓となっており, 私と妻はもちろん,息子たちにも,人生の過程で腑落ちさせられる出来事を経て,言葉としても染み伝わっています。人生だけでなく,分析屋稼業においても「運鈍根」を貫き通して,末永くLCtalk誌を読めることを願い,日々の分析業務に励みたいと思います。

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