vol.90 クロマトグラフィー研究の思い出

2014年1月 発行
寺部 茂先生

兵庫県立大学
名誉教授
(ご所属・役職は2014年1月発行時)

LCtalkは今秋には発刊30周年を迎えるとのことで誠におめでとうございます。本誌がLC関連記事に限っているのにも関わらず多くの皆様に愛読されている証拠であり,LCの汎用性を実証するものと思います。引退して8年近くにもなりますので,研究生活を振り返り思いつくままに身勝手なことを書かせていただきます。

筆者が本格的にHPLCを使用し始めたのは,塩野義製薬研究所に勤務中の1977年頃からです。当時HPLCによるペプチドの分析例は少なく,構造類似の各種ペプチドを逆相クロマトグラフィーで分離してみますと驚くほど優れた結果が得られました。ヒトインスリンとブタインスリンはB鎖30番目のアミノ酸がトレオニンとアラニンとの相違のみ,すなわち分子量約5000のペプチドでメチル基一つの違いが容易に分離定量でき,その優れた分離性能に驚かされました。1978年に出身研究室に助手として採用された頃はLC研究では初心者でしたが,当時京大理学部波多野博行教授が主催されていました液体クロマトグラフ研究会には欠かさず参加し,多数の研究者と知り合いになれ,また世界の研究情勢も伝え聞くことが出来有り難かったです。大学では主にLCでの高性能分離法の開発を目指すことにしました。当時,名古屋大学工学部の石井大道教授のグループにミクロLCの技術を教えていただき,キャピラリーLCを始めました。キャピラリーLCのデータが少し出始めた頃,J.W. Jorgenson博士らがキャピラリー電気泳動(CE)を発表したことを知り,その優れた分離性能に衝撃を受けCE研究を始めました。幸いなことにCEの泳動液にイオン性ミセルを加えて中性化合物も電気泳動分離を可能とするミセル動電クロマトグラフィー(MEKC)を開発することができ,クロマトグラフィー研究者として認められるようになりました。

MEKCは間もなく多くの注目を惹き始めて,多数の国際会議等に招待される機会が多くなりました。それまで名前しか知らなかった多数の高名な研究者と知り合いになれ,親しく話しができるようになって嬉しいのと同時に責任も感じました。外国人研究者と情報交換したり,自由に話し合ったりしていると自分の研究に対して率直な意見をくれる友人もいて大変有り難く感激しました。とくに現在はあまり名前を聞かなくなりましたが,英国Bradford大学のA.F. Fell教授には多数の貴重な助言をいただき大変感謝しております。一番印象に残っているのは,度々国際会議で発表するようになると,常に新しい成果を示さなければ世界一流には留まれないという忠告でした。名前を挙げるのは控えますが,多数の先輩,友人,後輩に国際会議等で度々お世話になり,研究室を見学させていただいたり,自宅まで招待してくれたりした方も多く懐かしく思い出します。手元にあります4名の先生方の来日時の写真を示します。なおGiddings先生は1996年10月24日に66歳で逝去されました。

J.H. Knox教授

J.H. Knox教授
京都大学工学部工業化学科での特別講演
・・・1990年1月20日

C.J. Giddings教授夫妻

C.J. Giddings教授夫妻
"18th International Symposium on Advances in Chromatography (Tokyo)" 参加後,京都嵐山にて
・・・1982年4月18日

J.W. Jorgenson 教授(右)とJ.M. Ramsey 教授(左)

J.W. Jorgenson 教授(右)とJ.M. Ramsey 教授(左)
"HPCE Kyoto"参加後,京都河原町で昼食時
・・・1992年7月12日

クロマトグラフィーの学術的,技術的現状には全く疎くなっていますが,2,3思いつくままに述べさせていただきます。正直に申しまして,CE研究が隆盛になった頃(1990年代)はHPLCが今日のように発展するとは予想していませんでした。HPLCでは多量の有機溶媒を消費するが,CEでは有機溶媒はほとんど不要で環境に優しい分析法だと主張しましたが,CEの普及にはつながりませんでした。しかし,HPLCもスケールダウンに向かうと予想していました。LC-MSの普及と検出感度の向上もありUHPLCという形でミクロ化されてきましたが,分析目的に限れば更なるミクロ化は可能と思います。分離性能に関しては,HPLCはキャピラリーGCやCEにはかなわないと思っていましたが,モノリスシリカ系充填剤の長いキャピラリーカラムを用いると分析時間は長くなりますが,理論段百万も実証されており,田中信男先生のご努力に敬意を払います。微小粒径コアシェル型充填剤を高圧力で用いるとかなり高理論段数も実現可能となっているようで,LC技術の進歩は止まらないようです。クロマトグラフィーではピーク幅は熱拡散により必ず拡がりますが,電気泳動では,等電点電気泳動や等速電気泳動のようにピーク幅の焦点化が可能であることを検出感度や分離性能向上に有効に利用したいものです。

HPLCでは逆相クロマトグラフィーが主な分離モードでしたが,HILICモードが開発され極性の高い試料の分離に適した分離法となっているようです。しかし,タンパク質の分離に関しては現在でも電気泳動が多用されており,CEもタンパク製剤の品質管理に使われているようです。生体高分子の分離に関しては電気泳動の方が優れている場合が多く,とくにヒトゲノム計画で使われたDNAシークエンサーの中心技術がマルチキャピラリーCEであることが広く認識されなかったことは大変残念に思います。DNA解析にはその後別の優れた技術も開発されていますが,CEによる方法も使われているようです。ウイルス,細菌等を含めた微粒子の精密分離が今後望まれるのではと思います。単に大きさのみではなく,その同定も可能な方法の開発に期待したいと思います。

最後に,我が国のLCに関する学術的及び技術的研究成果について考えてみますと,学術面では我が国の研究成果が世界的にLCの発展に大きく貢献した例は多くはないように思えます。装置や充填剤面では信頼性の高い優れた日本製品が世界的に認められていると思います。我が国の学術レベルから見れば今後さらに多くのLC関連新技術が開発されるものと期待していますが,大学等での分析化学または計測科学関係の研究室が少なくなる傾向にあるように思われ,学会と産業界が協力して計測科学分野の振興に努力していただきたく思います。

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