LC/MSを用いた臨床分析法の確立への試みとその周辺事情-スイス ジュネーブ大学より-

えあ・めーる

LCtalk Vol.89

渡邊 京子

2013年10月 発行
渡邊 京子 先生

島津製作所 グローバルアプリケーション開発センター

(ご所属・役職は2008年4月発行時)

2012年10月より,ジュネーブ大学理学部薬学系ライフサイエンス質量分析研究室(University of Geneva,Science,Life science of mass spectrometry)に留学しています。この研究室では,Gérard Hopfgartner教授をリーダーに,質量分析計を用いた生命科学へのアプローチを試みています。今回の留学の目的は,社内では取り扱いが困難なヒト生体試料(血漿,血液,尿など)を対象とした質量分析の実態を学び,知識と技術を身に付けること,またこれらの経験を装置開発に活かせるようにフィードバックすることです。

昨今,LC/MSによる生体試料分析は,その選択性の高さからますますニーズが高まっています。しかしながら,生体試料は脂質やタンパク質,高濃度の塩など,多くの夾雑成分を含むため,適切な前処理および分析条件を確立しなければ,マトリックス効果(分析種と同時にカラムから溶出した夾雑成分による,イオン化挙動の変化)の影響で正しい定量結果を得ることはできません。さらに,創薬過程や病院などの臨床検査の現場で使用できる分析方法であることを証明するため,バリデーションが欠かせません。一つの分析メソッドを確立するまでの検討項目は膨大です。

私が現在進めている研究は,LC/MSを用いたヒト生体試料中薬物濃度モニタリング法の開発です。試料採取から前処理,LC/MSによる測定までの一連の方法を開発し,実試料を用いたバリデーションを行い,臨床現場に展開するのが目標です。試料採取と前処理には,本研究室で開発されたオリジナルの“Dried Blood Spot法(DBS法)”を用い,“Nexera”と“ LCMS-8040”を用いて,簡便・高速・頑健性を兼ね備えたメソッドの確立を目指しています。

私は留学前,HPLCおよびLC/MSの分析アプリケーション開発の業務に携わっていました。当時の主担当は食品分析分野であったため,ヒトはおろか動物の生体試料ですらほとんど扱うことはありませんでした。ジュネーブ大学での仕事を開始してすぐの頃は,Hopfgartner教授をはじめラボの皆様に貴重な時間を割いていただきながら,多くのことを教わりました。はじめてヒト血漿サンプルを扱った際の緊張感は,今でも覚えています。現在はようやく研究テーマに沿った実験が軌道に乗り,日々戦場のような慌しさでデータを取り進めています。

研修生の先生,学生たち

研究室の先生,学生たちと
(右から2人目がHopfgartner教授,3人目が筆者)

スイスは世界規模の製薬企業を複数抱え,臨床分析に関して大変意識の高い国であると感じています。また,国をあげて科学技術の発展に力を入れているため,大学をはじめとする質の高い研究機関が多くあり,優秀な研究者が大勢います。このような環境の中で生体試料分析の技術を学べるだけでなく,最先端の研究に携わるサイエンティストたちから多くの刺激を受けられることも,大きなメリットです。さらに,私が所属している研究室は国籍豊かな構成で,欧州だけでなく,東アジア,中東,南米などからの留学生も在籍しています。異なる文化圏の人と協力し,時には議論しながら自分のプロジェクトを進めるのは大変骨が折れますが,同時にやりがいを感じています

地図

それだけではなく,研究室の外でもいろいろと学ぶ機会があることに気が付きました。例えば,欧州各国にある島津グループ各社のスタッフとの交流も,貴重な経験の一つです。欧州は国ごとに経済状況や市場ニーズが異なるため,各国間の協力と自国状況への特化という,相反する方針を両立させねばなりません。日本では経験できないことです。この一見矛盾した状況をどうやって乗り越えているのか,また日本からは何ができるか,帰国までの間に自分なりの回答を見つけ出したいと思っています。

ここで話はがらりと変わって,スイスとジュネーブのご紹介です。スイス連邦は,ドイツ,リヒテンシュタイン,オーストリア,イタリア,フランスに囲まれた,四国のような形をした国です。26のカントン(州のようなもの)が存在しますが,日本の都道府県とはやや性質が異なります。自治意識が強く,カントンごとに社会制度や祝日が異なるなどの違いが見られます。また,公用語が4つもあり,地域によってドイツ語,フランス語,イタリア語,ロマンシュ語が使われ,文化や住民の性格も異なるというのも興味深い点です(ジュネーブはフランス語圏)。国土面積は九州ほどで,そのほとんどはアルプス山脈に代表される山岳地帯です。また,フランスとの国境にまたがる,クロワッサンの形をしたレマン湖は,琵琶湖ほどの面積がある大きな湖です。晴れた日には,レマン湖越しに2000m級の山々,その向こうにモンブランの山頂を臨むことができ,スイス西部の景色を一層引き立てます。

チーズフォンデュ,ラクレット

ジュネーブはそのレマン湖の西端に位置するスイス第2 の規模の都市で,3方をぐるりとフランスに囲まれています。人口20万人弱(郊外も入れると50万人程度),しかしそのうち4割が外国人という,ちょっと変わった街です。国連の欧州本部やWHO,WTOなど国際機関の主要組織だけでなく,銀行をはじめ多くの金融機関が拠点を構えるその都市形態が,外国人比率を押し上げているのでしょう。街を歩けば,世界中の人種を見られるといっても過言ではありません。市街地からすぐのレマン湖畔には,「Jet d’Eau」という最高140mの高さを誇る巨大な噴水があり,ジュネーブのシンボルとなっています。

スイスの名物は何と言ってもチーズとチョコレートです。特に,冬の名物料理は“チーズフォンデュ”と“ラクレット”で,レストランだけでなく,各家庭でも日本の鍋料理のような感覚で食卓に上ります。また,意外と知られていない名物が,スイスワインとスイスビールです。共にとっても美味しいのですが,生産量が限られている上,自国内でほぼ消費してしまうため,輸出はほとんどされていないようです。スイスにお越しの際は,ぜひご賞味ください。

オリジナルTシャツ

さて,2014 年8 月に“ International Mass Spectrometry Conference(IMSC)” が,また2015年6月に“HPLC 2015”が共にジュネーブで開催されます。特に,HPLC2015では,Hopfgartner 教授がチェアマンを務められるため,今年6月にオランダのアムステルダムで開催されたHPLC 2013の最終日,ラボを上げてのPRを行いました。これら学会への参加を機に,ジュネーブにいらっしゃいませんか?

  1. The 20th IMSC : http://www.imsc2014.ch/
  2. HPLC 2015 : http://www.hplc2015.org/

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