vol.58 「妙法に学ぶこと」

talkのご執筆
細矢 憲 先生

2005年7月 発行
細矢 憲 先生

京都工芸繊維大学繊維学部 助教授

(ご所属・役職は2005年7月発行時。 2008年4月時:東北大学大学院 環境科学研究科 教授)

大学の研究室から外を見れば,京都五山送り火でも有名な妙法が見える。 ご承知の方も多いと思うが,妙法は「妙」「法」の二つから成り,二山二字形であるが,合わせて一山一字形とされている。 妙は松ヶ崎西山(万灯籠山),法は松ヶ崎東山(大黒天山)に各々ある。 この二つの山,なだらかで山というよりは小高い丘にも見えるが,二つの山の真ん中でその重なりは有るもののピークトップはかなり分かれている。 従って各々の山の中腹に書かれている二つの文字は,一山一文字形とはいえ実は充分過ぎるほど離れている。 余談だが,京都新聞HP(http://www.kyoto-np.co.jp)によれば,「妙」は鎌倉時代末期に日蓮宗の僧日像が妙の字を書き点火したのが起源ともされ,「法」は近世初期に始まったと伝えられる。 “字”の大きさは「妙」が「法」より若干大きい。

私達は,田中信男教授の下,HPLC用の充てん剤(分離メディア)を開発してきたが,新しい分離メディア開発に着手した初期には,我々の理解が充分ではなく数百段程度の低いカラム理論段数しか出せない時期が続くことがよくあった。 このように行き詰まった時には,窓の外に常に見えている妙法の二つの山が,さながら段数の低いクロマトグラムに見えてくるから癪である。 本来なら癒し系のなだらかな山々(ピーク)ではある。 研究の進展に伴ってピーク形状は妙法を脱して改良され,さらに新しい分離メディア開発へと研究を移行することを繰り返しているので,私にとって「妙法」は,性能の低い開発初期のカラムに出くわすと常に思い出す風景・言葉でもある。

最近のHPLCの高性能化には目を見張るものがある。 これらは,分離メディアの発達もさることながら装置・処理ソフトの発達も大きな寄与をしているし,遡ればプロテオミクス等の極めて多種の化合物を効率良く短時間に分離しなければならない,という要求も後押しをしている。 最近ではモノリス型のカラムも市販され,その報告されている分離性能は高く,HPLCは高度な自動化とも相まって,出口(分離自体)において,成熟のレベルに達しているといっても過言ではないだろう。

一方,このTalk欄へ寄稿された東北大学の彼谷邦光先生もその中で書かれているが,HPLCに残された課題・問題点といえば,やはり,現在では人の手を必要とする段階,つまりは試料の前処理ではないだろうか。 前処理の成否如何では,いくら「出口」が優秀であれ,その精度は一気に瓦解する。 HPLCの場合には,オフライン処理であれ,オンライン処理であれ,液体の流れの中でその処理を行うことが多いので,前処理過程も一つのクロマトグラフィーである。 そのような過程では,分離対象となる物質,あるいは物質群をその他の夾雑物から効率よく分けることが一つの大きな要求事項である。 性能の高いカラムを用いれば,確かに多くの成分を一定時間内に早く効率的に分離することは可能ではある。 しかしながら,いわゆる前処理過程においては,むしろ化合物群の性質の差に基づくおおざっぱな分離ができれば良い,という場合も少なくないのではないだろうか。 掲載した図は,我々がこのような概念に基づいて,化学的性質の酷似した化合物群の分離を目的に開発した前処理カラムを用いて行った模擬環境水試料の分析結果を示している。 一般に環境試料に主として含まれているフミン酸が前処理で排除され,目的成分であるビスフェノールAが極めて効率的に濃縮されていることが分かる。 あたかも処理前(原水)と前処理後の試料の二つのピークがそっくり入れ替わったと感じるほどである(細矢他 特許第3498728)。

Conditions of HPLC evaluations
  Conditions of HPLC evaluations
Mobile phase : 50%methanol aq. Flow rate : 1.0ml/min Detection : UV 254nm Column : C18 column (Merck) 100mm×4.6mm(I.D.) Temperature : 30℃
 

 

このような分離を達成する前処理カラムは,分離用カラムとして用いるには性能が足りず,分離だけを見れば妙法の山のようなクロマトグラムしか与えない。 しかし,その選択性の大きさによって,クロマトグラムの前部に溶出する原水では主成分である夾雑成分をほぼ完全に排除して,一方で目的成分を濃縮していて,その濃縮倍率は 1000倍を楽に超える。 このことは選択性のある前処理カラムでは,妙と法の二つの低い山が大きく分かれているような分離でも充分に役に立つことを証明している。 当たり前だが,処理後は,図のように性能の高い分析用カラムに分離を任せれば良い。

通常,我々はカラム性能の良さ,つまりカラムの理論段数ばかりに目を奪われがちで,妙法のようなクロマトグラムの場合には,「性能」が悪いと悲嘆にくれて性能向上に奔走する。 しかし,選択性の大きさで簡便に効率的な前処理を行う場合には,「妙法」のような分離を脱することに努力するのではなく,選択性の向上に精力を使うことも一つの"妙法"とは言えないだろうか。 一度,皆様も昼間の妙法をご覧になることをお勧めする。

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