vol.48 「計算科学とHPLC」

talkのご執筆
神野 清勝 先生

2002年10月発行
神野 清勝先生

豊橋技術科学大学 物質工学系 教授

(ご所属・役職は2002年10月発行時)

 近年のコンピュータ技術の飛躍的な進歩は,化学の分野にも大きな変化をもたらした。 1980年代には,計算機にたけた人たちにのみ許されていた方法がいまや誰でも,少なくともパソコンを持っていさえすれば使用できる時代となった。 これにともなって,いわゆるケモメトリックス(日本語で化学計測学)と呼ばれる手法が,一般的となってきた。 パターン認識をベースにしたクラスター分析や多変量解析によるデータ処理や解析などは,分析化学の分野で活発に利用されており,分離分析分野,特に液体クロマトグラフィー(HPLC)の分野でもその利用が顕著となってきている。  筆者は80年から90年代にかけて,HPLCでの保持予測に多重回帰法をベースにした手法の研究をおこなったが,最近ではさらに保持機構の解明や新しい固定相のデザイン,開発にコンピュータを用いた手法を研究してきている。 ここでは,それらの研究の一端を紹介しながら,計算科学とHPLCのかかわりについて記述する。

 我々が検討したのは,逆相HPLCでの保持機構の正確な把握をめざした分子動力学計算(Molecular Dynamics Calculation)の利用である。 この手法は多数の分子が存在する系の,時系列での変化をコンピュータシミュレーションするものである。 逆相HPLCでの分離機構において,固定相のオクタデシルシリカと分離される分子,および移動相溶媒である水とメタノール分子がどのように相互作用するかをシミュレーションする手法として,MD計算を適用した1)。 MD計算にはSG社製のIndigo 2 Work Stationにロードした,Molecular Simulation Inc. 製のInsight II ソフトウエアを用いた。 分子モデルは,固定相リガンドとしてオクタデシルシリカ(ODS),移動相溶媒としてメタノールと水,溶質分子としてn-プロピルベンゼンを用いて構成した。 移動相組成に対する移動相分子数を設定し計算を試みた。 その結果を図1に示した。

移動相組成変化とODSリガンド分子内のシリコン原子と炭素原子(C1-C18)間の距離の関係

    図 1 移動相組成変化とODSリガンド分子内のシリコン原子と
    炭素原子(C1-C18)間の距離の関係
    a, 溶媒なし; b, 0/100(メタノール/水); c, 20/80;
    d, 40/60; e, 70/30; f, 80/20; g, 100/0

ODSリガンド分子内のシリコン原子と炭素原子間の距離を計算することで,リガンドのコンフォメーション変化の解析をすると,メタノール/水=40/60で最も直線的なコォメーションを示し,水 100%の場合にはODSと水との間の強い疎水性相互作用の影響により,より折れ曲がった状態となることがわかる。 さらに溶質のn-プロピルベンゼンの存在位置を計算すると,移動相中のメタノール濃度の増加とともに,ODS末端の炭素原子と溶質分子の距離が近づき,根本のシリコン原子と溶質との距離が増加することがわかった。 つまり,溶質の保持はメタノールの増加とともに,小さくなることがMD計算で明らかとなり,現実の保持傾向と一致する。 このような計算をさらに進めることにより,逆相HPLCの保持機構がより明確に解明されてゆくと考えている。

 以上,筆者の研究室の最近の研究から,計算科学とHPLCとの接点とも言える研究例を紹介したが,さらに多くの研究者がこの分野の研究に参入することにより,よりいっそうの発展が期待できる。

参考文献
 1) K. Ban and K. Jinno, Anal. Sci., 17, 113-117 (2001).

関連情報

Top of This Page