執筆者紹介

vol.113 LC,LC/MS関連の用語

中村 洋 先生

東京理科大学 (ご所属・役職は2020年10月発行時)

東京大学薬学部製薬化学科卒業,修士課程修了,博士課程中退後,教務職員,助手,NIH Research Fellow,助教授を経て東京理科大学薬学部教授,評議員,理事,名誉教授。現在,(公社)日本分析化学会・分析士会会長,同・液体クロマトグラフィー研究懇談会委員長。

【専門分野】分析化学
【将来の夢】LC懇電子ジャーナルのマンスリー化
【趣  味】植物栽培,古代史の謎

■はじめに
 広辞苑によると,用語(term)は「使用する言語・語句。特定の部門や人に特に使われることば。」と説明されている。従って,様々な学問や産業ごとに特有の用語が存在する事になる。用語の主な機能は,概念を言語や略号にして他人に伝える事に在るので,新しく誕生したり,発展が著しかったりする分野ほど,新規用語や修正用語が生まれる確率が高い。
 さて,ご承知の様にLC(液体クロマトグラフィー)は1906年に誕生し,大気圧イオン化法を利用したLC/MS(液体クロマトグラフィー質量分析)は1990年代に一般化された。どちらも最近誕生した訳ではないが,産業界における実用的な価値が極めて高い為,既存用語の修正や新規用語の誕生事例が多い。以下,この分野の用語に関する最近の話題を取り上げ,ご紹介したい。

 

表1 用語に求められる主な特性表1 用語に求められる主な特性

 

■用語の決まり方
 化学用語に関する最上位の学術的な決定機関は,国際純正・応用化学連合(International Union of Pure and AppliedChemistry,IUPAC)である。ここを通して加盟各国の代表機関(我が国は日本学術会議)から傘下の学会に情報が伝達される一方,日本では日本薬局方(Japanese Pharmacopoeia, JP)などの公定法にも反映される事になる(図1)。一方,産業界では国際標準化機構(International Organization for Standardization, ISO)から各国の加盟機関,例えば日本では日本産業標準調査会(Japanese Industrial Standards Committee, JISC)に決定内容が伝えられ,日本産業規格(Japanese Industrial Standards, JIS),日本農林規格(Japanese Agricultural Standards, JAS)などに反映される仕組みとなっている。

図1 LC,LC/MS関連用語の遵守・普及に関する系統図例

 

図1 LC,LC/MS関連用語の遵守・普及に関する系統図例1)

 

■推奨用語と非推奨用語
 一度決められた用語も,表現や内容が修正される事が珍しくない。学問や技術が発展期に在る分野では,新規用語の誕生に加えて用語の修正が多く見られる。LCやLC/MSに関連する分野の最新用語については,分析化学の基礎用語2),クロマトグラフィー関係用語のJIS3)- 5),LC/MS関係のJIS6),MS関連用語に関するIUPACの推奨7),日本質量分析学会のMS用語集8)及びその追補版9)などが参考になる。なお,文献7)で並列的に推奨された ion(ization) suppression 及び ion(ization) enhancementは,用語の趣旨を考えるとどちらもカッコ内を活かした用語が真っ当であり,日本語訳としてはそれぞれイオン化抑制,イオン化促進に統一すべきと思われる。
 LC及びLC/MS分野における,その他の主な新旧用語の例を表2に示す。学術的な観点からの修正が多いが,商品名の忌避,ジェンダーレス用語への変換などの例もある。工学分野では,コンピュータ,プリンタなど音引きをしない用語が使われる事が多いが,LC及びLC/MS分野では音引きの用語が殆どである10)。用語の読み方も年々変化しているので,学会発表等では最新の読み方をしたいものである。主な例を表3に示す。

 

表2 LC, LC/MS及び関連分野における推奨用語と非推奨用語の比較例

表2 LC, LC/MS及び関連分野における推奨用語と非推奨用語の比較例
 

表3 読み方が変更されている主な用語・略号

表3 読み方が変更されている主な用語・略号

 

■おわりに
 用語は学問や技術の進歩を反映しており,謂わば時代と共に変わる生き物の様なものである。従って,常々用語の変化に細心の注意を払い,最新の用語を正しく使う事が大事である。そうは言っても,最新用語の表記と読み方(区切り方)を把握しておくには相当の努力が要る。
 それには,(公社)日本分析化学会液体クロマトグラフィー研究懇談会(LC懇)の例会や,本誌を始めとする関連情報誌などで情報を収集し,分析士認証試験で腕試しする事が有効であり自信にも繋がる。又,用語に関する質問や提言をお持ちの場合は,LC懇の電子ジャーナル『LCとLC/MSの知恵』に投稿戴ければ幸いである。紙面の都合で触れる事が出来なかった科学用語の問題点については,啓育講演要旨11)を参照願いたい。

 

引用文献

  • 1) 中村 洋企画・監修,LC/MS, LC/MS/MS 虎の巻 Q&A100, 38, オーム社(2016)
  • 2) JIS K 0211 : 2005分析化学用語(基礎部門), 日本規格協会(2005)
  • 3) JIS K 0214 : 2013 分析化学用語(クロマトグラフィー部門), 日本規格協会(2013)
  • 4) JIS K 0124:2011 高速液体クロマトグラフィー通則, 日本規格協会(2011)
  • 5) JIS K0127:2013イオンクロマトグラフィー通則, 日本規格協会(2013)
  • 6) JIS K 0136:2015 高速液体クロマトグラフィー質量分析通則, 日本規格協会(2015)
  • 7) K. K. Murrayら, Pure Appl. Chem., 85, 1515-1609(2013)
  • 8) 日本質量分析学会編, マススペクトロメトリー関係用語集, 第3版, 国際文献印刷社(2009)
  • 9) 吉野健一ら, J. Mass Spectrom. Soc. Jpn., 65, 76-90(2017)
  • 10) 中村 洋, 2013年度分析士会総会研修講演要旨集, 1-5(2014)
  • 11) 中村 洋, 第25回LC & LC/MSテクノプラザ講演要旨集, 69-72(2020)

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