光音響分光法のイロハ

FTIR基礎・理論編

FTIR TALK vol.7(1992)
光音響分光法(Photoacoustic Spectroscopy:PAS)とは,試料に断続光を照射して試料内に生じた周期的な熱変化を最終的に圧力変化として検出する方法です。 赤外領域におけるPASの応用は新しく,FTIRの普及とともに色々な分野で利用されるようになってきました。
PASの特徴としては,
(1) 試料の形状によらず前処理なしで測定できる
(2) 入射光が透過あるいは反射しないような光学的条件の悪い試料でも測定できる
(3) 光源の強度が大きいほど測定の感度が向上する
(4) 干渉計の移動鏡速度を変えることによって異なった深さ方向の情報が得られる
などがあげられます。 これらの特徴を生かして,不定形試料の測定,布地やフィルム,粉末等の表面処理剤の測定,深さ方向分析などに応用されています。

(1)光音響分光法の原理

PASの原理的構造
図1 PASの原理的構造

光音響分光法の測定原理は,光音響効果にもとづいています。 光音響効果とは,「断続光を物質に照射すると断続周波数と同じ周波数の音波が物質から発生する現象」で,1880年,Alexander Graham Bell によって発見されました。 それ以後,光音響効果が測定技術として応用されるようになるまでには,数十年という時間を要しますが,高感度マイクロフォンの開発をはじめとするエレクトロニクスの進歩とともに,気体試料の測定を中心とした研究が進められてきました。 赤外領域での光音響分光法の応用は新しく,感度の高いFTIRの登場とともに固体試料を対象とした研究が数多く行われてきています。

固体試料の測定は,小型マイクロホンを取り付けた密閉容器に試料を入れて行います。 図1は,FTIR光音響分光法の測定原理を示したものです。 変調された赤外光が試料によって吸収されると入射光に対応した熱が発生し,発生した熱は,周囲の気体層に圧力変化を起こし,その変化は高感度マイクロホンによって検出されます。 このときマイクロホンから得られた信号は,音波の干渉波で,この信号をフーリエ変換することにより吸収スペクトルと同様なスペクトルを得ることができます。
光音響分光法の理論は,試料の形態や光音響セルの構造などによって異なり,いまだにすべての状態を説明できる理論は提出されていません。 固体試料に対する理論としては,熱拡散方程式にもとづくRG理論が有名ですが,詳細は詳しい解説書1)に譲り,ここでは,その概略について説明します。
RG理論では,光音響信号と試料の厚さl,光吸収長lβ(lβ=1/β,β:吸光係数),熟拡散長μs(μs=1/as,as:熱拡散係数)の3つのパラメータを用い,試料が光学的に透明(lstrong>l)か不透明(lstrong<l)か,及び熱的に厚い(μs<l)か薄い(μs>l)かの場合によって整理しています。 光学的に透明な試料の場合,光音響信号は,試料の熱的性質に関係なく試料の光学的性質を反映します。 一方,不透明試料の場合は,熱的に厚く,μs<lstrongの場合に限って光音響信号は試料の吸収係数と熱拡散長に比例します。
このとき,光学的に不透明な試料でも光音響的には透明な状態であると言えます。 言い遅れましたが,熱拡散長は入射光の変調周波数の関数であるため,変調周波数を大きくして熱拡散長を小さくし,μs<lβにしてやると,不透明試料を光音響的に透明にすることが可能となります。 また,熱的に厚い試料では,光音響信号は熱拡散長に比例するので,変調周波数を変化させることにより光音響信号の出てくる深さを変えることが可能となります。 すなわち変調周波数を高くすると深さは浅くなり,信号強度は弱くなります。 通常のマイケルソン干渉計の場合,変調周波数 f は f=2Vνで表わされ,移動鏡の速度V(cm/s)と波数ν(cm-1)に依存しています。 したがって移動鏡の速度が遅くなるほど,fは小さくなり,逆に熱拡散長は大きくなって,表面からより深いところからの情報が得られることになります。

(2)光音響セル

PAS-300本体
図2 PAS-300本体

図2に光音響セルの外観を示します。 光音響セルは高感度マイクロホンを備えた気密性の高い小さな容器からなっています。 セル容積はできるだけ小さい方が感度が高くなります。 雑音の原因になる床からの振動を防ぐため,セルは防振台の上に置かれます。

(3)測定例

スポンジのPASスペクトル
図3 スポンジのPASスペクトル

光音響分光法は,試料によって吸収された光が音波として検出されるため,吸収されない光に対しては,得られる信号が0になります。 したがって,光音響スペクトルは,透過スペクトルとは逆にピークが上向きのスペクトルになります。
図3 は,実際にPASを利用してスポンジを測定した例です。

参考文献
1. 沢田嗣郎編 「光音響分光法とその応用-PAS」 p10,学会出版センター(1982)

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