高感度反射法のイロハ

FTIR基礎・理論編

FTIR TALK vol.3(1991)
赤外分光法には,透過法,拡散反射法,ATR法など,様々な測定法がありますが,金属板のように赤外光を透過しない材質へ吸着,あるいは塗布された物質の測定には,反射法が必要となります。
反射測定では,物質の反射率を調べるために,垂直に近い角度で赤外光を入射させる方法と,水平に近い角度で赤外光を入射させ,金属などの基板上の薄い試料層(薄膜)を測定する方法があります。 この後者の測定法は,一般に高感度反射法,あるいは,反射吸収法(Reflection Absorption Spectrometry=RAS法)と呼ばれています。

(1)高感度反射法の原理

高感度反射法では,図1に示すように金属基板上に試料が吸着または塗布されたものが試料とされます。 入射した光は,試料表面で数%程度反射されますが,残りの90数%近くはそのまま試料を透過し,基板に到達します。 基板で赤外光はほぼ100%近く反射されますから,もう一度試料を透過してから測定されます。 この時,赤外光は試料を2回透過していますので,ほぼ透過法で測定したスペクトルと同様のスペクトルが測定されます。 試料が薄膜のように薄い場合には,この2回の透過では吸収強度が弱く解析に適さなくなってしまいます。

金属板上試料の測定例
図 1 金属板上試料の測定例

高感度反射法は,このような薄膜試料の測定に用いられる方法です。 図2に高感度反射法の光学系を示します。 図1との比較から,入射角度が大きくなっており,同じ厚さの試料でも透過する距離が長くなっていることがわかります。 簡単な理解としては,このように透過する距離が長くなったということでも良いのですが,高感度反射法の場合,それ以上の感度増加が起こります。 次にこの感度増加について説明しましょう。

高感度反射法の光学系
図 2 高感度反射法の光学系
偏光による測定系
図 3 偏光による測定系

図3に金属基板に2種類の直線偏光が入射した場合を示しました。 垂直偏光,平行偏光とは,基板に立てた垂線と入射光とで作る平面を入射面として,この面内で振動するものを平行偏光,逆にこの入射面と垂直な方向に振動するものを垂直偏光と言います。
赤外光が金属に入射し反射される場合,振動の位相に変化が生じ金属表面に定常波を作ります。 定常波とは,低圧のタイヤで高速運転をするときにおきるスタンディング・ウェーブ現象と同じようなもので,金属板上に赤外光の「うなり」が作られると考えれば良いでしょう。 この「うなり」は先の入射した光と反射する光の位相の変化から生まれるわけですが,垂直偏光では位相の変化がちょうど打ち消し合う方向になり定常波の大きさ(「うなり」の大きさ)はほとんど0となって薄膜の測定には役立ちません。 一方,平行偏光では位相の変化がそれぞれ上向きのものの足し算となるため大きな定常波(大きな「うなり」)となり,これが金属板上の薄膜の吸収を受け,測定に役立つことになります。 この定常波の大きさは,入射する角度をある程度大きくすることにより大きくすることができ,一般に使用される金属基板の種類や有機薄膜の種類によっても異なりますが,70°〜85°程度に設定されています。 このように,入射角度を大きくとり,高感度に薄膜の測定ができることから「高感度反射法」という名称で呼ばれています。 また,平行偏光のみが試料の吸収を反映するため,偏光子を用いて測定すると見かけ上ピークの強度が大きくなります。 さらに,金属基板に対し垂直な方向の双極子モーメントを持つ官能基のみが測定されるため,試料の配向性に対しての情報も得られます。 ただし,このような感度増加が起こるのは金属基板のみであり,ガラスや樹脂板では,高感度反射にはなりませんので注意が必要です。

(2)高感度反射測定装置

図4に高感度反射測定装置RAS-8000の外観を示します。 また図5はその光学系です。 通常は,平均70°の入射角となりますが,遮光板を取りつけることにより平均75°の入射角を選択することもできます。 試料は下向きに置くだけでセットでき,リファレンスは通常アルミニウムや金の蒸着ミラーを用います。

RAS-8000の外観
図 4 RAS-8000の外観
高感度反射測定装置RAS-8000の光学系
図 5 高感度反射測定装置RAS-8000の光学系

(3)測定例

金ミラー上の単分子膜の高感度赤外スペクトル
図 6 金ミラー上の単分子膜の高感度赤外スペクトル

図6は高感度反射法による測定例です。 試料は金ミラー上に25Åのステアリン酸の単分子膜を形成したものです。 入射角は80°で,偏光子なしの状態で測定したスペクトルです。 このように非常に薄い膜においても,鮮明な赤外スペクトルが得られます。

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