vol.31 FTIRと閉鎖循環系を組み合わせた触媒観察

FTIR TALK LETTER
高柳 正夫

2018年9月 発行
 大須賀 遼太 先生, 野村 淳子 先生
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東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 応用化学コース,
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

(ご所属・役職は2018年9月発行時)

 粉体試料を扱う際,透過法による赤外分光法では,定性的な観測はもちろん,定量的な測定も行うことができます。そのため,測定方法を工夫すれば,触媒反応速度の解析等も可能となります。本稿では,FTIRと閉鎖循環系を組み合わせた固体触媒の反応速度解析や,プローブ分子を用いた触媒表面解析等について解説します。

1.はじめに

 赤外分光法(IR)は古くから固体触媒の解析に用いられている。その中でもプローブ分子を用いることで,固体触媒表面の酸・塩基性質を議論する方法は,特に精力的に研究されており,現在ではプローブ分子を選択することで様々な触媒への応用がなされている1), 2)。また,透過法により得られたIRスペクトルは定量的に取り扱うことができるため,酸・塩基に関する定性的な議論だけではなく,実際にその量を見積もることも可能で,in-situ やoperando 測定を行うことができれば,触媒反応速度に関する情報も得ることができる。さらに,観測条件を選択することで,触媒反応中の準安定な生成物の観測も可能となり,反応機構の解明等にも応用することができる3)

 研究室では,閉鎖循環系へと接続されたIRセルを用いることでin-situ測定を行っており,主たる試料としてゼオライトについての研究を行ってきた。ゼオライトは分子サイズの細孔径をもつ多孔性結晶であり,固体酸触媒として石油化学等の分野を中心に広く用いられている。本稿では,ゼオライト上に生成したエトキシ基の分解過程をラピッドスキャンにより観測した結果を紹介する。また,TiO2(P25)上へのピリジン吸着を例に,2種類の検出器(Triglycine sulfate(TGS)とMercury Cadmium Tellu(MCT))で測定したIRスペクトルの違いについても述べる。

2. 閉鎖循環系を用いたin-situ IR測定

 in-situ測定には,図1のようなガラス製の閉鎖循環系を用いている。ロータリーポンプを用いてIRセル内部を真空状態へとすることができ,IRセルにはヒーター(カンタル線)が巻いてあり,約973 K程度までの加熱が可能である。この系を用いることで,真空加熱前処理による固体触媒表面の不純物除去や,酸化・還元ガスによる触媒の酸化・還元処理が可能である。さらに,ヒーターと共にステンレス管が巻かれており,ここに液体窒素を流すことで液体窒素温度付近までIRセルを冷却することもできる。低温測定をすることで準安定な状態を観測できるため,吸着や反応のエネルギーダイヤグラムの詳細を調べることが可能となる。また,閉鎖循環系内の死容積を測定しておくことで,導入したプローブ分子の圧力から実際に吸着した量も見積もることができ,スペクトルと圧力の双方から吸着量を定量することができる。

図1

図1 閉鎖循環系(a)及びIRセル(b)の概略図

3. ラピッドスキャンを用いたゼオライト上のエトキシ基分解反応の反応速度解析

 代表的なゼオライトの1つであるZSM-5ゼオライトのIRスペクトルを図2(a)に示す。IRスペクトルの測定は島津製作所製IRTracer-100を用いて行った。ゼオライトはSiとAlとの間の架橋水酸基が酸性質を示し,この酸性水酸基はOH伸縮振動として,結晶外表面に存在するシラノール(SiOH)基とは異なる吸収波数でIRスペクトルに現れる。エタノールは,まずゼオライト酸性OH基上に水素結合で吸着し,次いで脱水反応によりエトキシ基を生成する。さらに,エトキシ基が熱分解することでエチレンが生成する(図2(b))。この時,エトキシ基が消費され,酸性水酸基が生成するため,真空排気により気相中,吸着種のエタノールを取り除いておけば,エトキシ基(CH伸縮振動)の減少,もしくは酸性水酸基(OH伸縮振動)の増加を時間に対してプロットすることで,反応速度定数を算出することができる4)。本項では,ZSM-5ゼオライト上での473 Kにおけるエトキシ基の分解反応速度を算出した結果を例として示す。

 図3(a)には473 Kでの反応中のラピッドスキャンIRスペクトルを示した。測定は分解能4 cm-1にてスキャン間隔は0.18秒おきに行った。時間経過と共にエトキシ基由来のCH伸縮振動(3000 cm-1付近)が徐々に減少していき、それに対応する酸性水酸基由来のOH伸縮振動(3600 cm-1付近)が観られた。これは、先ほど述べた通り、エタノールの脱水反応により生成したゼオライト上のエトキシ基が分解されていることを示している。これらのスペクトルの酸性水酸基の積分強度を算出し、時間に対してプロットすると(図3(b))、反応時間の経過に対し、ほぼ直線的に酸性水酸基が増加していることがわかる。したがって、これらの傾きから反応速度定数kを求めることが可能である。本稿では、473 Kのみの結果を示したが、反応温度を変えて同様の実験を行い、各温度での反応速度定数を算出することで、アレニウスの式を用いて活性化エネルギーを見積ることも可能である。

図2

図2 ZSM-5 のIRスペクトル(a)、ゼオライト上でのエタノール脱水反応スキーム(b)。

図3

図3 ゼオライト上のエトキシ基分解反応中のラピッドスキャンIRスペクトル(a)、酸性水酸基の積分強度の経時変化(b)。

 ラピッドスキャンを用いることで,反応が完了するまでの間に多くのスペクトルを測定することが可能である。測定時間が短く高温での速い反応の追跡が可能なため,広い温度領域に対応することができ,定量解析に適している。一方で,ラピッドスキャンでは積算回数が少ないために,1つ1つのスペクトルは,S/N比が劣る。したがって,データとしてスペクトルそのものを示す際には,ラピッドスキャンは用いず,積算回数を多くして良好なS/N比のスペクトルを測定することが望ましい。まとめると,活性化エネルギーなどの物理化学量の定量性に重点を置く場合はラピッドスキャンを,スペクトルのS/N比などの定性性に重点を置く場合には積算回数を増やした測定を適宜使い分ける必要がある。

4. IRTracer-100(MCT)とIRSpirit(TGS)を用いたスペクトルの比較

 焦電型検出器であるTGS検出器は常温で作動でき,広い赤外域(4000-400 cm-1)に一定の感度を持つため,一般的に広く使用されている。一方で,半導体型検出器は,焦電型検出器に比べ,非常に高感度を有する検出器である。その中でもMCT検出器は最も低波数まで測定することが可能であるため,TGS検出器と同様に広く用いられている。本項では,検出器の違いがIRスペクトルに及ぼす影響について,TiO2へのピリジン吸着を例に紹介する。ピリジンは塩基性のプローブ分子として固体触媒の表面酸性質評価に良く用いられる5)。ピリジンは吸着サイトによって異なる吸着形態をとり,それらは異なる波数に観測される。ブレンステッド酸点上に吸着したピリジンはプロトン化され,ピリジニウムイオンとなる(key band; 1545 cm-1付近)。一方で,ルイス酸点では配位吸着する(key band; 1450 cm-1付近)。したがって,ピリジン吸着IRを測定することで触媒表面の酸点の種類を区別することが可能である。

図4

図4 異なる検出器で測定したTiO2 のIRスペクトル。

図5

図5 TiO2 にピリジン吸着IR 差スペクトル; 298 K にてピリジン吸着後423 Kで排気、298 K にてスペクトル測定。

 まず、図4にはTiO2を423 Kで1時間真空排気前処理した後、298 Kで異なる検出器を用いて測定したIRスペクトルを比較した(分解能: 4cm-1、積算回数: 64回)。どちらのスペクトルにおいても3660 cm-1にTiO2の表面水産基に由来するOH伸縮振動が観測された。また、3800 cm-1および1600 cm-1に観られるノイズは、気相中の水蒸気に由来するOHの伸縮および変角振動である。さらに、2400 cm-1付近には負のピークが観測されているが、このピークはIRセル内を真空にしたことで、大気のバックグラウンドスペクトルよりも減少した光路上のCO2による吸収バンドである。これらのスペクトルからはTGSとMCTの両検出器間に大きな差異は観られなかった。透過法では試料をディスク状に成型し測定することが一般的だが、ディスクが厚く、検出器に入る光量が少ない場合、得られるスペクトルのS/N比は悪くなってしまう場合が多い。今回の測定は、サンプル40 mgを20φのディスクへと成形して測定しており、このような薄いサンプルディスクを成型し測定する際には、MCT検出器に比べ感度の低いTGS検出器でも十分な光量を確保できているということがわかる。つまり、測定する試料にも依存するが、透過光の量を増やすことができれば、TGS検出器でも十分綺麗なスペクトルを測定することができる。次に、ピリジンを298 Kで吸着させた後、物理吸着したピリジンを脱離させるため423 Kで排気処理を行い、再度298 Kでスペクトルを測定した際のIR 差スペクトルを図5に示した。ここでは、吸着前後の差スペクトルを示しているため、吸着によって増加したピークは上向きに、減少したピークは下向きに表される。どちらのスペクトルでも、表面水酸基に由来するピーク(3700 cm-1)付近が減少し、吸着したピリジンに由来するピーク(νCH: 3200-2900 cm-1、ピリジン環振動: 1700-1400cm-1)が増加している。スペクトル中ではブレンステッド酸点上で生成するピリジニウムイオンに帰属される1545 cm-1付近のピークは観測されず、1446 cm-1に明瞭なピークが観測されていることから、このTiO2上にはルイス酸点のみが存在していることがわかる。

 2つの検出器の違いに着目してみると,高波数領域(4000-2000 cm-1)では,両スペクトル間に大きな違いは観られなかった。一方で,低波数領域(1700-1400 cm-1)では,わずかながらMCTで測定したスペクトルの方がS/N比が良く測定できている。しかし,ルイス酸点上のピリジン等(1446 cm-1)の主たる目的となるピークに関してはどちらも明瞭に観測されており,TGS検出器を用いても十分な測定ができていると言える。したがって,半導体型検出器を用いずとも,薄いサンプルディスクを成型することで,焦電型検出器で十分明瞭なスペクトルを測定することが可能である。一方で,薄いディスク成型が困難なサンプルや,赤外光の散乱が多いようなときには,少ない光量でも高感度に測定できるMCT検出器を選択すべきであり,目的とする試料に合わせた検出器の選定が重要である。

4. おわりに

 透過型赤外分光法は,その測定方法や検出器を目的に合わせて変更することで,定性から定量まで幅広い研究を行うことが可能である。したがって,適切な測定条件や検出器を選択し,様々な方法を駆使することで,未だ解明されていないことが多い固体触媒の性質や反応機構について,大きな知見を得る可能性が大きい。

参考文献

  • 1) G. Busca, Spectroscopic characterization of the acid properties of metal oxide catalysts, Catal. Today, 1998, 41, 191-206.
  • 2) S. Bordiga, C. Lamberti, F. Bonino, A. Travert, F. Thibault-Starzyk, Probing zeolites by vibrational spectroscopies, Chem. Soc. Rev., 2015, 44, 7262-7341.
  • 3) H. Yamazaki, H. Shima, H. Imai, T. Yokoi, T. Tatsumi, J. N. Kondo, Evidence for a "Carbene-like" Intermediate during the Reaction of Methoxy Species with Light Alkenes on H-ZSM-5, Angew. Chem. Int. Ed., 2011, 50, 1853-1856.
  • 4) J. N. Kondo, H. Yamazaki, R. Osuga, T. Yokoi, T. Tatsumi, Mechanism of Decomposition of Surface Ethoxy Species to Ethene and Acidic OH Groups on H-ZSM-5, 2015, 6, 2243-2246.
  • 5) E. P. Parry, An Infrared Study of Pyridine Adsorbed on Acidic Solids. Characterization of Surface Acidity, J. Catal., 1963, 2, 371-379.

関連情報

 
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