近赤外分光法とラマン分光法 による原材料の確認試験

FTIRノウハウ・実務編

FTIR TALK LETTER vol.20 (2013)

今回は,近赤外分光法とラマン分光法について,比較を交えながらそれぞれの特長と様々な試料の測定事例をご紹介します。
これらの手法は,容易な操作で分析できるため,PIC/S GMPガイドラインで要求される原材料の全数受入検査の他,入荷原材料の検証および識別,中間製品及び最終製品検査,偽造薬物検出などで注目されています。ここでは,PIC/S GMPガイドラインについても簡単に紹介します。

1. PIC/S GMPガイドラインについて

 近年,医薬品の品質確保に対する国際的な動向は著しく変化しており,海外の品質確保の実施方法を日本においても活用することが求められてきています。また,GMP※1調査においても国際的な協力や情報交換等の必要性が高まっており,その業務の実施体制を一層充実することが求められています。
 このような状況を踏まえ,厚生労働省は2013年3月にPIC/S※2への加盟申請を行いました。今後GMP調査はPIC/S GMPガイドラインを参考に実施されるため,分析ラボではこれらへの早急な対応が求められています。
 PIC/S GMPガイドラインでは原材料の全数受入検査が要求されていますが,今回ご紹介する近赤外分光法とラマン分光法は,現場での効率的な同一性確認試験に適した検査手法として注目されています。現在,近赤外分光法は日本薬局方(JP)に収録されています。一方,ラマン分光法は米国薬局方(USP)及びヨーロッパ薬局方(EP)に収録されており,海外の製薬大手企業のほぼ全てが受入原材料の識別にラマン分光法を採用しています。

※1 GMP
 Good Manufacturing Practiceの略称です。「医薬品,医薬部外品の製造管理・品質管理の基準」のことで,安全性や信頼性を確保することを目的に政府等の公的機関で制定する基準のひとつです。GMP省令等により,医薬品,医薬部外品の製造等に係る適合性確認の基準やその製造業者等に対する遵守事項が示されています。
※2 PIC/S
 医薬品査察協定(Pharmaceutical Inspection Convention)と医薬品査察共同機構(Pharmaceutical Inspection Co-operation Scheme)の略称です。現在,欧州を中心とした41ヶ国(2013年1月現在)が加盟しています。PIC/Sは,医薬品のGMP査察業務に関し,国際的に調和の取れた基準や品質システムを考案し,これを継続実行することを目的としています。活動の一環として「PIC/S GMPガイドライン」が発行されています。

2.近赤外分光法とラマン分光法の比較

Fig.1 IntegratIRの外観

 近赤外(NIR,Near InfraRed)分光法やラマン分光法では,どちらも分子の振動に基づくスペクトルが得られる ため定性分析が可能です。
 まず,近赤外光とは,波長800nm~2500nm(波数12500~4000cm-1)の光のことを指します。近赤外領域で現れる吸収は基準振動の倍音や結合音が重なり合うため,中赤外領域の吸収より複雑で幅広いピークが得られます。また,中赤外領域に比べて吸収強度が弱いため,試料をKBrなどで希釈せずに直接測定することができます。また,化学的にも安定で使いやすいガラスや石英セルは近赤外領域では吸収がほとんど見られないため,これらのセルを用いて測定が可能です。近赤外分光法については本誌vol.9とvol.10の「近赤外領域での測定と注意点」もご参照ください。
 今回,測定にはFig.1に示す近赤外用積分球IntegratIRを用いました。測定条件をTable1に示します。粉末試料,錠剤,液体,ペースト状試料など,様々な形態の試料をステージ上に載せて測定できます。また,試料をプラスチック袋やガラス瓶に入れた状態でも測定できます。

 一方,ラマン分光法では可視または近赤外レーザー光が使われており,試料にある波長の光を照射したときに試料で散乱される光を測定しています。ラマンスペクトルは,縦軸を散乱強度,横軸を入射光と散乱光との波数差,つまり「ラマンシフト」としてプロットし,横軸の単位は赤外スペクトルと同様に[cm-1]が使われます。

Fig. 2 ASSUPxの外観

 今回,測定にはFig.2に示す米国のTSI社製携帯型ラマン受入原料合否判定装置ASSU℞(アシュレックス)を用いました。測定条件をTable2に示します。ASSU℞は小型で軽量の携帯型装置のため,全数検査等を効率的に行えます。また,あらかじめライブラリを作成しておき,目的試料のラマンスペクトルを測定すれば,簡単に合否判定できます。測定と合否判定に必要な時間はわずか数秒から数十秒です。さらに,プラスチック袋やガラス容器など,レーザー光を通す容器内の試料であれば開封せずに測定することができます。ただし,容器の材質や厚みによっては測定できない場合があります。
 ラマン分光法と赤外分光法の違いについては,本誌vol.17のQ&Aもご参照ください。

 近赤外分光法とラマン分光法の特徴をTable3にまとめます。これまで(1)~(2)について触れてきました。次の3項では,(3)~(6)に示す特徴と試料の測定事例をご紹介します。

Table3 近赤外分光法とラマン分光法の比較

3. 近赤外分光法とラマン分光法による試料の測定事例

ここでは様々な試料を近赤外分光法とラマン分光法の2種の手法で分析しました。

1)スペクトルの形状と測定に不向きな試料
 (Table3 (3)(4))

 まず,無機化合物の事例として,酸化チタン(TiO2アナターゼ型)と炭酸カルシウム(CaCO3)を測定しました。測定結果をFig.3に示します。無機化合物は近赤外吸収が弱く,幅広いピークが得られます。また,ここでは示しませんが,試料が吸湿すると,スペクトル上に水酸基由来のピークが現れることもあるため注意が必要です。
 一方,ラマン分光法では無機化合物でも鋭いピークが得られます。水酸基由来のピークが検出されにくいことも特長です。

Fig.3無機化合物の分析(TiO2アナターゼ型とCaCO3)左列:近赤外分光法 右列:ラマン分光法
Fig.3無機化合物の分析(TiO2アナターゼ型とCaCO3
左列:近赤外分光法 右列:ラマン分光法

次に,有機化合物の事例として,乳酸1水和物と微結晶セルロースを測定しました。測定結果をFig.4に示します。有機化合物では近赤外吸収は比較的強く検出されますが,ピークは幅広く形状の変化は判定しづらいことが分かります。一方,ラマン分光法では鋭いピークが得られますが,乳酸1水和物のような蛍光を発する試料では,ベースラインの上昇が見られる場合があります。また,蛍光を発し,ピーク強度が弱く,さらに,ピーク数が少ない微結晶セルロースのような試料の判定には注意が必要です。

Fig.4有機化合物の分析(乳糖1水和物と微結晶セルロース)左列:近赤外分光法 右列:ラマン分光法
Fig.4有機化合物の分析(乳糖1水和物と微結晶セルロース)
左列:近赤外分光法 右列:ラマン分光法

2)粒径の影響(Table3(5))

Fig.5粒径の影響(ステアリン酸) 左:近赤外分光法 右:ラマン分光法
Fig.5粒径の影響(ステアリン酸)
左:近赤外分光法 右:ラマン分光法

 粒径の影響を調べるために,粒径の異なるステアリン酸を測定しました。測定結果をFig.5に示します。近赤外分光法では,物理的性質の影響によりスペクトル形状が変化する特性を利用し,定性定量分析だけでなく,粒径などの情報を得ることも可能です。そのため,錠剤製造などの各工程(原料受入,粉砕,混合,造粒,乾燥,打錠,コーティングなど)のモニターにも使われています。このステアリン酸の例においては,明瞭なスペクトルを示すラマン分光法が成分の同一性確認により有効ですが,粒径の違いまで含めて判別したい場合は近赤外分光法が有利となります。

3)包装容器の影響(Table3(6))

Fig.6包装容器の影響(PE製袋,PP製袋,PET製袋:タルク)  近赤外分光法
Fig.6包装容器の影響(PE製袋,PP製袋,PET製袋:タルク)
近赤外分光法

 次に,タルク[Mg3(Si4O10)(OH)2]をプラスチック袋,ここでは,ポリエチレン(PE)製の袋,ポリプロピレン(PP)製の袋,ポリエチレンテレフタレート(PET)製の袋に入れて測定しました。近赤外分光法の測定結果をFig.6に示します。容器の材質によりスペクトル形状が変化しています。つまり,近赤外分光法では,原材料の受入検査を行う際に,容器毎に合否判定用標準データの登録が必要になります。また,PP製の袋の近赤外スペクトル上には干渉縞が見られます。袋の状態や厚み,また試料の置き方などによっては,このように干渉縞が見られますが,これがピークを判別しにくくすることもあります。

Fig.7包装容器の影響(厚袋,薄袋:乳糖)  左:近赤外分光法 右:ラマン分光法
Fig.7包装容器の影響(厚袋,薄袋:乳糖)
左:近赤外分光法 右:ラマン分光法

 さらに,異なる厚みのポリエチレン(PE)製の袋に入った乳糖を分析しました。測定結果をFig.7に示します。近赤外分光法ではPE由来のピークも得られ,また,容器の厚さによってもスペクトル形状が変化することが分かります。一方,ラマン分光法では可視または近赤外レーザー光を通す透明な容器であれば,その材質や厚みによる影響を受けにくいことが分かります。
 ここで,近赤外分光法とラマン分光法において,測定に適した容器と適さない容器をTable4にまとめます。

Table4測定に適した容器と適さない容器
Table4測定に適した容器と適さない容器

※3 ガラス中の含有成分によっては測定出来ない場合があります。

4. まとめ

 ここでは様々な試料を近赤外分光法とラマン分光法の2種の手法で分析し,それぞれの長所と短所を取り上げました。
 受入検査に用いる場合,近赤外分光法はなだらかなスペクトルの中からピークを選び,その微妙な差を基に判別するため,導入時のメソッド作成に手間がかかります。また,近赤外分光法には粒径の違いを見分けることができるなどの利点もありますが,簡易的にスペクトルを判別するという意味ではラマン分光法の方が有利な場合もあります。一方,ラマン分光法ではレーザー光で励起されて蛍光を発する試料は測定できないことがあります。実際の測定においては,これらを考慮して,試料に適した検査方法を選択する必要があります。

参考文献

・平成24年2月1日付事務連絡「PIC/SのGMPガイドラインを活用する際の考え方について」厚生労働省
・赤外・ラマン分光法 日本分光学会(講談社)

(関連情報1)分野&データPIC/S GMP対応に向けたトータルソリューション
(関連情報2)分野&データPIC/S対応 原材料の確認試験(ラマン,FTIR)

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