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はじめに
合成樹脂は一般的に石油を原料とするモノマーを重合し
てできたポリマーのことを言います。合成樹脂の中でも、
炭化水素樹脂は主に炭素(C)と水素(H)から成る樹脂を
示し、様々な種類が知られています。代表的な炭化水素樹
脂として知られているのがポリエチレン(PE)とポリプロ
ピレン(PP)です。フーリエ変換赤外分光光度計を用いて
得られた赤外スペクトルからは、PEとPPの判別を行うこと
ができます。さらに、同じPEでも、構造がわずかに異なれ
ば、得られる赤外スペクトル上に違いが現れます。この違
いを見分けることで、同じPEでも構造・性質の異なる樹脂
の判別をすることが可能です。
本アプリケーションでは、代表的な炭化水素樹脂として
PEとPPを測定し、樹脂の構造的な差異から生じる赤外スペ
クトルの違いを解説します。
図2 振動の種類
使用装置と測定条件
図1 IRSpirit™-Xシリーズの外観
測定にはIRSpirit-TXとQATR™-Sを用いました。装置外観を
図1に、測定条件を表1に示します。プリズムはダイヤモン
ドプリズムを使用しました。プリズム上に何もない状態で
バックグラウンド測定を行い、次にサンプルをプリズムに
密着させ赤外スペクトルを取得しました。
IRSpirit-TXを用いたATR法により、容易に樹脂の定性が可能です。
赤外スぺクトルからポリエチレンとポリプロピレンを判別できます。
吸収ピークの差異から、低密度/高密度ポリエチレンといった構造の違いの判別も可能です。
赤外スペクトルによる
ポリエチレンとポリプロピレンの判別
安保 寛一
フーリエ変換赤外分光光度計 IRSpirit™-Xシリーズ/IRXross™/
IRTracer™-100
装置 : IRSpirit-TX 、QATR-S(ダイヤモンド)
分解 : 4 cm
-1
積算回数 : 40
アポタイズ関数 : Happ-Genzel
検出器 : DLATGS
測定波数範囲 : 4000~400 cm
-1
表1 測定条件
赤外吸収と分子の振動
有機物に赤外光を照射すると、赤外光と分子の相互作用
により振動が発生します。この振動は、分子を構成してい
る原子の運動から成ります。
基本的な振動モードを図2に示します。矢印が分子内での
各原子の運動を示しています。また(+)および(-)は、
三つの原子で作られる面に対して垂直方向への運動を示し
ます。
分子の振動は原子間の距離が伸び縮みする伸縮振動と原
子間の角度が変わる変角振動に大別できます。さらに、伸
縮振動は対称伸縮振動(ν
s
)と逆対称伸縮振動(ν
as
)に
分けられます。また、変角振動は、はさみ振動(δ)、横
揺れ振動(ρ)、縦揺れ振動(ω)、ひねり振動(τ)に
分けられます。しかしながら、これらすべての基準振動が
吸収として検出されるとは限りません。分子の振動の詳細
については、FTIR TALK LETTER vol.41をご参照ください。
逆対称伸縮振動(ν
as
) 対称伸縮振動(ν
s
)
横ゆれ変角振動(ρ) はさみ変角振動(δ)
ひねり変角振動(τ) 縦揺れ変角振動(ω)
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図3 ポリエチレンとポリプロピレンの構造式
図5 図4の3200~2600 cm
-1
における拡大図
ポリエチレンとポリプロピレン
炭素(C)と水素(H)で構成された代表的な樹脂として
ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)が知られてい
ます。図3にPEとPPの構造式を示します。PEとPPはCとHの
みで構成されており、構造は類似していますが、PPには官
能基として、CH
3
がモノマー毎に1個含まれる一方、PEには
分子末端にのみしかCH
3
が存在しない、という違いがあり
ます。
ポリエチレン ポリプロピレン
ここでは、PEとPPについて、ATR付属装置を用いて赤外
スペクトルを測定しました。測定結果の重ね描きを図4に示
します。PEを赤線、PPを黒線で示します。比較しやすいよ
うピーク高さをそろえて表示しています。
PEとPPには、いくつかの波数領域で吸収ピークに違いが
見られます。構造の違いを示す特徴的な領域を三色の枠で
示します。青枠で囲まれた3200~2600 cm
-1
付近にはC-Hの
伸縮振動に関係する吸収が見られ、緑枠で囲まれた1600~
1200 cm
-1
付近にはC-Hの変角振動に関係する吸収が見られ
ます。また赤枠で囲まれた720 cm
-1
付近はPEのみ吸収が見
られていることがわかります。
PP
PE
図4 PEとPPの赤外スペクトル
図5には図4の3200~2600 cm
-1
(青枠)の拡大図を示しま
す。
2930 cm
-1
付近、2850 cm
-1
付近にはPE、PP共通であるCH
2
伸縮振動に由来する吸収が見られます。それぞれCH
2
の逆
対称伸縮振動と対称伸縮振動による吸収です。PEとPPの吸
収ピーク位置には若干違いが見られますが、これはCH
2
に
隣接する官能基や分子構造の違いによって生じるものと考
えられます。
またPPにはCH
3
に由来する逆対称伸縮振動、対称伸縮振
動に由来する吸収ピークが2960cm
-1
付近、2870 cm
-1
付近
に顕著に認められます。
CH
3
対称伸縮振動
CH
2
逆対称伸縮振動
CH
3
逆対称伸縮振動 CH
2
対称伸縮振動
PP
PE
図6には図4の1600~1200 cm
-1
(緑枠)、図7には図4の
800~600 cm
-1
(赤枠)の拡大図を示します。
図6の1460 cm
-1
付近にはPEおよびPP共にピークが見られ
ますが、これらのピークの帰属は若干異なることが知られ
ています。PEではCH
2
はさみ振動に由来する比較的シャー
プなピークが見られますが、PPではCH
2
はさみ振動に加え
て、CH
2
はさみ振動よりも若干低波数側に位置するCH
3
対称
変角振動の吸収ピークが重なることで、幅の広いピークと
して見られています。さらに、PPではCH
3
逆対称変角振動
に由来する1380 cm
-1
の付近のピークが顕著に見られること
も、PPの特徴です。
一方、図7の720 cm
-1
付近のピークは、PEにおいて顕著で
すが、PPには認められません。これは、CH
2
横揺れ振動と
呼ばれ、PEの主鎖であるCH
2
-CH
2
-CH
2
がアコーディオンの
蛇腹のように伸び縮みすることから、別名アコーディオン
振動とも呼ばれています。
このように、赤外スペクトルの違いにより、CとHのみで
構成された樹脂でも構造の一部が異なれば、種類の判別を
行うことが可能です。
CH
3
対称変角振動
CH
2
はさみ振動
CH
2
はさみ振動 と
CH
3
逆対称変角振動
PP
PE
図6 図4の1600~1200 cm
-1
における拡大図
CH
2
横揺れ振動
PP
PE
図7 図4の800~600 cm
-1
における拡大図
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島津コールセンター 0120-131691
© Shimadzu Corporation, 2024
分析計測事業部
https://www.an.shimadzu.co.jp/
本資料は発行時の情報に基づいて作成されており、予告なく改訂することがあります。
本文中に記載されている会社名、製品名、サービスマークおよびロゴは、各社の商標および
登録商標です。
本文中では「TM」、「 」を明記していない場合があります。
初版発行:2024年 3月 01-00710-JP
まとめ
図 11 図9の1600~1200 cm
-1
における拡大図
低密度ポリエチレンと高密度ポリエチレン
IRSpirit、IRXross、IRTracer、QATRは、株式会社島津製作所またはその関係会社の日本およびその他の国における商標です。
PEはいくつかの種類があり、低密度ポリエチレン
(LDPE)と高密度ポリエチレン(HDPE)がよく知られて
います。LDPEは柔らかく、伸縮性がある樹脂です。一方、
HDPEはLDPEと比べると硬く、伸縮性に乏しい樹脂です。
このような性質の違いはそれぞれの側鎖構造に起因します。
LDPE、HDPEの構造模式図を図8に示します。赤点は末端の
CH
3
を示します。LDPEは、長い側鎖が数多く存在する構造
になっており、分子が詰まりにくい構造であるため低密度
になります。一方、HDPEは側鎖が少ない構造になっており、
分子が詰まりやすく高密度になります。この側鎖構造に由
来する違いが赤外スペクトル上でも確認できます。
本アプリケーションでは、炭素(C)と水素(H)のみで
構成されたポリエチレン(PE)とポリプロピレン(PP)の
吸収ピークの特徴をいくつか述べました。またポリエチレ
ンの中でも様々な種類が存在し、その構造の違いは赤外ス
ペクトルに現れることをご紹介しました。赤外スペクトル
の特徴を確認することで、同じポリエチレン樹脂において
も構造の違いを判別することができます。
HDPE LDPE
図8 LDPEとHDPEの構造模式図
図9にLDPEとHDPEの赤外スぺクトル測定結果重ね描きを
示します。LDPEを赤線で、HDPEを青線で示します。この
図でも比較しやすいようピーク高さをそろえて表示してい
ます。吸収ピークに違いが見られる領域を三色の枠で示し
ます。
HDPE
LDPE
図9 LDPEとHDPEの赤外スペクトル
図10には図9の3200~2600 cm
-1
(青枠)の拡大図を示し
ます。側鎖の多いLDPEではHDPEと比べると側鎖末端のCH
3
逆対称伸縮振動に由来する2960 cm
-1
の吸収がHDPEより強
く出現していることがわかります。
CH
3
逆対称伸縮振動
HDPE
LDPE
図 10 図9の3200~2600 cm
-1
における拡大図
図11には図9の1600~1200 cm
-1
(緑枠)、図12には図9
の800~600 cm
-1
(赤枠)の拡大図を示します。
LDPEでは図11の1380 cm
-1
付近の吸収が強く出現してい
ることがわかります。これも側鎖末端CH
3
の対称変角振動
に由来します。
さらに、LDPEとHDPEとの間には図11の1460 cm
-1
付近の
CH
2
はさみ変角振動、図12の720 cm
-1
のCH
2
横揺れ振動の2
つに分かれたピークにおいて違いが見られます。HDPEでは
高波数側のピーク強度がLDPEより強く出現していますが、
これはLDPEとHDPEの結晶化度に起因します。HDPEでは側
鎖が少ないことで分子が整列しやすく、結晶化度が高くな
ります。結晶化度の高いポリエチレンでは高波数側のピー
クが強くなることが知られています。
CH
3
対称変角振動
CH
2
はさみ振動
HDPE
LDPE
CH
2
横揺れ振動
HDPE
LDPE
図 12 図9の800~600 cm
-1
における拡大図
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