固体試料の反射測定で,積分球を使用した相対反射測定について説明しました。積分球を用いた測定では積分球内壁材料や基準白板が異なることで測定値が変わることがありますが,本章では,その実例を挙げながら,積分球内壁材料と基準白板の選び方について解説いたします。

1.積分球内壁材料について

 拡散透過光や拡散反射光を測定するために,積分球の内壁は反射率が100%に近い塗料や樹脂を使用しています。その材料として,主に硫酸バリウム塗料(以下BaSO4塗料)やフッ素系特殊樹脂が使用されています。

 図1はBaSO4塗料とフッ素系特殊樹脂材の絶対反射率です。両材料の反射率は近赤外域で大きく異なります。BaSO4塗料の場合,可視域で90%以上の反射率がありますが,近赤外域では80%程度にまで低下しています。それに対し,フッ素系特殊樹脂では,可視域で95%以上,近赤外域でも90%以上の反射率があります。このため,可視域のみで使用されるのであればBaSO4塗料で十分な性能が見込まれますが,近赤外域で精度の高い測定をする場合はフッ素系特殊樹脂を使用した積分球が有効であることがわかります。ただし,フッ素系特殊樹脂の問題点としては,十分な反射率を得るために内壁厚さが8~9mm程度になります。このため図2に示しますように,試料と積分球内壁に段差が生じ測定に影響を与えることがあります。
 なお,図1のBaSO4のスペクトルで1450 nm,1950 nm,2500 nm付近に見られる下向きのピークはBaSO4に含まれる水の吸収によるものです。

図1 硫酸バリウム塗料とフッ素系特殊樹脂反射率の反射率
図1 硫酸バリウム塗料とフッ素系特殊樹脂反射率の反射率
図2 積分球材料の違いによる内壁状態の違い
図2 積分球材料の違いによる内壁状態の違い

2. 基準白板の材料について

 基準白板に使用される材料はBaSO4の粉体を押し固めたものが一般的に使用されますが,近赤外領域で感度の高い測定を行う場合はフッ素系特殊樹脂が使われます。BaSO4粉体とフッ素系特殊樹脂の特徴及び購入先をTable 1にまとめました。ここでは,これら材料の違いや使い方について説明します。

Table 1 基準白板の比較

  BaSO4粉体 フッ素系特殊樹脂
価格 ◎:安価 1瓶数千円 ×:基準白板一枚10万円程度
反射特性 ○:近赤外域で反射率が低く水の吸収ピークがある。 ◎:紫外域から近赤外域の広範囲にわたって高い反射特性を有する。
絶対反射率データの
添付
×:製品に絶対反射率は添付されていないため,
測定値から絶対反射率へ換算ができない。
○:製品に絶対反射率データが添付されており,相対反射率から絶対反射率への計算による変換が可能である。 ※1
メンテナンス ○:汚れたら詰め替える ×:樹脂が変性した場合は従来の反射率が得られなくなり、反射面の再研磨または交換が必要となる。
代表製品 BaSO4粉体としての一般的な試薬 Labsphere社製 Spectralon®(スペクトラロン) ※2
購入先(参考) 和光純薬工業株式会社 株式会社システムズエンジニアリング
 

  ※1 絶対反射率データ添付の有無は予めメーカーに確認のうえご購入ください。
  ※2 Spectralon® はLabsphere社製フッ素系特殊樹脂の登録商標です。

3. 反射測定における基準白板の影響

 積分球を使った反射測定は相対反射測定です。基準白板が変われば測定値も変わります。これを示すために,拡散反射試料としてトレーシングペーパーを用意し,BaSO4とフッ素系特殊樹脂を基準白板とした場合の各反射率を比較しました。その結果を図3に示します。両者の値は異なり,特に基準白板の反射率の差が大きい近赤外域で測定値の差が著しいことが確認できます。

図3 基準白板の違いによるトレーシングペーパーの反射率の違い
図3 基準白板の違いによる
トレーシングペーパーの反射率の違い

相対反射率は下記の式で表され,基準白板の反射率が影響した値となります。

相対反射率 計算式

 たとえば図4は基準白板にフッ素系特殊樹脂を使用し,基準白板として使う2つのBaSO4粉体の相対反射率を測定したデータです。このように同じBaSO4粉体であっても粉体のつめ方などによって反射率に違いが生じることがあります。また同一の基準白板であっても,反射表面が汚れたり経年劣化することで反射率が変化します。

図4 BaSO4白板の違いによる反射率の違い
図4 BaSO4白板の違いによる反射率の違い

4. 透過測定における基準白板の影響

 透過測定では,拡散透過しない透明な試料の場合は絶対透過率が求められますが,濁りのある拡散透過する試料を測定する場合,積分球内壁と基準白板の種類が異なると絶対透過率からのずれが大きくなります。このため,できる限り積分球内壁と基準白板の種類が同じものを使う必要があります。図5ではトレーシングペーパーを拡散透過試料として使用し,積分球内の反射面に設置する基準白板としてBaSO4を使用した場合とフッ素系特殊樹脂を使用した場合の全光線透過率(拡散透過率+直線透過率)スペクトルを示します。基準白板の違いにより拡散透過試料のスペクトルに差が生じていることがわかります。

図5 基準白板を変更した場合の拡散性試料の透過率

 透過率の差が生じる原因について,図6を使って説明します。ベースライン補正をしたときにまず光束は直進して全て基準白板面に当たりますが,拡散透過試料を透過した光は,光束が拡散し積分球内壁の広い範囲まで光が当たります。このため,基準白板の反射率と積分球壁の反射率の違いが測定値に加わり,絶対透過率が得られないことになります。

図6 拡散透過試料測定時の光の状態
図6 拡散透過試料測定時の光の状態

 積分球は一般的には透過測定と反射測定の両方ができるように入射光用のポート(窓)の反対側に反射測定用ポートを設けていますが,拡散透過試料測定時の差が生じないようにするために図7に示すように反射用のポート(基準白板をセットする穴)を設けていないタイプの積分球もあります。

図7 反射測定用ポートの無い積分球および一般的な積分球
図7 反射測定用ポートの無い積分球および一般的な積分球

 またBaSO4であっても粉体を詰め込むタイプと塗料タイプでは反射率が若干異ります。反射率の違いの例を図8に示します。このためより精度の高い透過率測定を行うには反射測定用ポートの無いタイプの積分球をお勧めします。

図8 BaSO4粉体詰め込みタイプと塗料タイプの反射率の違い
図8 BaSO4粉体詰め込みタイプと塗料タイプの反射率の違い

5. まとめ

 本稿では積分球を使った反射率や透過率測定の特徴や誤差要因について解説いたしました。
 積分球を使った反射測定で注意しないといけないことは,試料の反射率は基準白板との相対値であって基準白板の材料や状態の変化によって得られる試料の反射率が変わってしまうということです。「いつもの試料なのに反射率の値がおかしい」ということがあれば基準白板が汚れていないかなど一度確認してみてください。
 また拡散透過の測定においても拡散性の高い試料を測定される場合は,反射用ポートが無いタイプの積分球をお勧めします。