執筆者紹介

vol.55 「分けるということ」

金澤 秀子 先生

共立薬科大学 薬学部 教授 (ご所属・役職は2004年7月発行時)

私のクロマトグラフィーの恩師とも言うべき某大学T教授が,その昔に講演をされるとき,ご自身のことを「分離屋です。 夫婦以外は全て分けます。」とおっしゃっていたのが,今でも強く印象に残っています。 私はというと,20年近く前から,クロマトグラフィーを中心に研究を進めてまいりましたが,残念ながらまだ「分離屋」と言えるほど,いろいろな物を分けて来たとは言えません。

クロマトグラフィーを始めとする分離分析技術は,様々な分野で重要な役割を担っていますが,あくまでも手段としてとらえる見方が主流で,ゲノムをはじめとする分子生物学やバイオテクノロジー全盛の中で,必ずしも分析化学は注目されているとは言えないかも知れません。 しかし新しい技術の発明こそが,科学の進歩を支えてきたわけですから,私自身は分離分析技術の重要性は益々増していると考えています。 私の尊敬している日本の女性研究者で国際的な分子生物学者でもある方のお話では,「日本発の新しい技術が是非欲しい。 この分野ではアメリカの技術が抜きん出ていて,日本の研究者もこぞって輸入製品を使っている。 アメリカで開発された技術は,当然アメリカの研究者が先に使うチャンスが多いので,それによって新しい発見をする機会も増える。 それらの技術を後追いで使っていては,日本での新しい発見は期待できない。」とのことでした。 新しい技術の構築を目指す私達に勇気を与えてくれるような言葉です。

私自身は,バイオミメティックな技術に大変興味があり,これを分離や創薬に用いてみたいと考えています。 私が素材として用いている機能性ポリマーもまわりの環境変化に応答して可逆的にコイルーグロビュール転移をするなど生体高分子ミミックな性質をしています。 生物は外部環境の変化を的確にとらえて巧みにそれに応答する機能を備えています。 このような機能を人工の材料に与える試みが,刺激に応答するポリマー開発につながっています。 まわりの環境の変化を感知し,それに応答して自身の機能をコントロールするポリマー材料をつくるのが目的です。 このような刺激応答性ポリマーは,インテリジェントマテリアルと呼ばれています。 たとえば温度応答性ポリマーを修飾した培養皿では,タンパク分解酵素を用いずに温度変化のみで培養した細胞をシート状のまま回収することが可能となり,再生医療の分野で大変注目されています。 薬学関連分野でもDDS(薬物送達システム)への応用が盛んに研究されていますが,分離システムへの応用はほとんど報告されていませんでした。 私達は,温度やpHなどのまわりの環境に応答するポリマー(環境応答性ポリマー)を合成し,固体表面に修飾することにより高機能表面を開発しました。 この高機能表面を分離の技術に応用し,既存の方法にはない全く新しい概念の分離システムの構築を目指しています。 例えば温度応答性ポリマーを修飾した充填剤を開発しました。 これにより従来の液体クロマトグラフィーの概念にはない新しい手法として,外部からの温度刺激により充填剤表面の性質を変化させることにより固定相と試料との相互作用を制御する新しい分離システムを確立しました。 今後はこのような技術をさらに発展させて,医療の分野へ貢献できる新しい技術の構築を目指して研究を進めていくつもりです。

表面性質の変化へおよぼす温度影響

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