執筆者紹介

vol.66 「CMC研究とクロマトグラフィー」

西 博行 先生

田辺三菱製薬株式会社 研究本部CMC研究所 分析研究部長 (ご所属・役職は2007年10月発行時)

「医薬品は,品質が担保されることがすべてだ。」といわれたのは,入社したての頃である。 医薬品メーカーの開発部門におられた方はご承知と思うが,当時の承認申請書には「規格および試験方法」のみが添付されており,承認後の医薬品の有効性,安全性を保障する手立ては,唯一この規格であった。 なぜか研究所の上司先輩たちは他部門に対して大きな顔?をしており,という私も大学での研究テーマがタンパク質のHPLC精密分離用新規逆相充填剤の開発という当時の医薬品分析の主流,HPLCであったので大きな顔をしていた。

私とクロマトグラフィーとの出会いは大学4回生のときの講座配属で,分析の講座を選んだ時から始まる。 当時の京大工学部工業化学科には分析の講座が二つもあり,一つは小島次雄先生の第9講座,それに私がお世話になった安藤貞一先生(その後,寺部茂研究室)の第8講座で,両講座ともに当時主流であったクロマトグラフィーに関する研究を推し進めていた。 安藤研でシオノギ研究所から戻ってこられていた寺部茂先生の第一期生として指導を受けたことが今の私の原点となっている。

入社以来一貫して分析評価部門に在籍し,その業務は大きくは変わっていないが,今はCMC研究所なる名称の研究所に所属している。 CMCについて,少し説明をしたい。 CMC とは,Chemistry, Manufacturing and Control の略称であり,訳せば 原薬,製剤の化学,製造およびその分析法といった意味合いになる。 平たく言えば,原薬プロセス研究,製剤開発研究,それにこれらの品質評価研究の3部門が連携を密にするために統合した技術系研究所である。 近頃少しは認知されてきたように思えるが,しばらくは 臨界ミセル濃度,カルボキシメチルセルロース??などといわれた。 また,一言に CMC といっても,新医薬品の開発業務に必要な原薬・製剤(いわゆる治験薬)を,タイムリーに非臨床,臨床試験に供給することをミッションとする開発CMC と医薬品の商業製造を目指す工業化CMC とがある。 すでに販売されている医薬品においても製法や製造場所の変更等に伴う CMC業務があり,後者はこれらもミッションとする。

医薬品開発とCMC研究
図 1 医薬品開発とCMC研究

 

クロマトグラフィー,とりわけHPLCはこれら CMC の各部門において,それぞれの目的で広く利用されている。 一人1台以上動かしているといっても過言ではない。 プロセス研究では反応の追跡,不純物プロファイルのチェックに,製剤研究では製剤開発での含量均一性や安定性,溶出試験において,それぞれの製造法評価に欠かせないツールとなっている。 分析評価部門では,製法がある程度固まった化合物に対して,試験法を開発し,分析法バリデーションを行い,品質試験を実施する。 各種物性データや安定性データも取得し,その品質を評価する。 製法が固まったといっても変更になることも多く,グラジエント法による試験法を設定することが多い。 また,多様な化合物を対象とするために,画一的な条件,すなわち,標準的な試験条件(トリフルオロ酢酸/アセトニトリル)を適用した評価も多い。 一方,GC も CMC研究で活躍している。 構造がますます複雑化する医薬品のプロセス研究では,多種多様な溶媒類が使用され,その評価はもっぱら GCによる一斉分離分析による。 島津さん等,メーカーの絶え間ない技術開発によるものと思うが最近の装置や分離媒体(充填剤)の進歩には目を見張るものがあり,耐久性や使い勝手は申し分ない。 しかし,その分,逆に近頃の研究員が執念深く試験法の開発や最適化に取り組んでいないことが気になる。 HPLCは成熟期を迎え,学術分野において研究テーマとして取り上げられることもかつてほどはない。 しかし,医薬品メーカー,食品メーカーや他製造業でもそうだと思うが,現場ではもっぱらHPLCが主力である。 原点に戻り,簡便で汎用性のあるHPLC試験法の開発に注力してゆきたいと思っている。

なお,クロマトグラフィー科学会のお手伝いを一昨年からしているが,現場からの発表や参加が少ない。 学会では現場ニーズにあったワークショップも企画しており,クロマトグラフィーを日頃から仕事に使っている皆さんの一層の積極的な参加を期待している。

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