スケールアップによる分取条件の設定(その 2): スケールアップの考え方と,条件設定における注意点

コンベンショナルサイズでの分取可能量の見極め」では,分取に先立って,コンベンショナル(通常分析)サイズによる分取可能量の見極めを行いましたが,今回はいよいよ分取サイズへとスケールアップします。ここでは,スケールアップに関する基本的な考え方について説明します。

スケールアップの基本的な考え方

コンベンショナルから分取サイズにスケールアップする場合の基本的な考え方は以下のとおりです。

充塡剤が同じなら,カラムの断面積に比例して移動相流量と試料負荷量を増やすことによりほぼ同等の分離が得られます。もちろんこれは理想に過ぎませんが,それでもカラムや装置,分取の際の諸条件を決める上では重要な道しるべとなります。

実例として,前回の図 1 をスケールアップした例を紹介します。前回ご紹介した例では内径 4.6 mm のODS カラムを使用していました。これを,内径 20 mm で粒子径およびカラム長が同一のカラムにスケールアップするとします。両者の断面積比は約 1 対 19ですから,移動相流量と試料負荷量も同様に 19 倍程度大きくすることにより,ほぼ同等のクロマトグラムが得られるものと推測されます。実際に試験したクロマトグラムを図 1 に示します。移動相流量は,内径 4.6 mm カラムでは 0.8 mL/min,内径 20 mm カラムでは 15 mL/min としました。試料注入量を断面積比に合わせて 20 倍にすることにより,ほぼ同等のクロマトグラムが得られました。

なお,この図では注入量が 20 倍になっているにもかかわらず,両者の感度・面積がほぼ等しくなっています。これは,移動相流量比もほぼ同じ倍率に設定されていることにより,その分だけ移動相によって希釈され,結果としてほぼ同濃度の成分バンドが検出セルに同時間滞留しているためと理解されます。

このように,充塡剤の性質が類似し,内径の異なる カラムのペアが入手できる場合には,容易にスケールアップを行うことが可能です。

図1. 内径4.6 mmカラムから内径20 mmカラムへのスケールアップ例

Prominence 分取システム(分析→スケールアップ→分取に対応)

カラムと移動相流量の決定

内径 4.6 mm,移動相流量 0.8 mL/min を出発点とし,種々のカラムでスケールアップを行ったときの断面積比と流量を表 1 に示します。

ただし,実際には溶液の粘性やカラム耐圧の問題から,分取カラムに対して上に示した流量を通液することができない場合があります。そのようなケースでは,逆に分取カラムでの流量を先に決定し,コンベンショナルカラムでの流量を後からそれに合わせて決める方がよいでしょう。

分析条件の再確認

以上の手順でコンベンショナルサイズから分取サイズへのスケールアップを行うことができます。しかし,ここで思わぬ問題が発生するケースがあります。以下に挙げる諸点について,事前に十分な検討を行いましょう。

1. 分取後に悪影響を与えない移動相の選択

一般に,分取した溶液は何らかの後処理(濃縮・精製する,他の分析機器で解析する,別の実験にかけるなど)に供せられます。分取物は移動相に溶解した状態で得られますから,後処理においてそれが問題にならないようあらかじめ考えておく必要があります。分取した溶液を蒸発乾固することを考えれば,移動相はなるべく不揮発性の塩を含まない組成にしておくことが重要です。分析用 HPLC ではりん酸が多用されますが,分取用 HPLC ではその代わりにぎ酸・酢酸・トリフルオロ酢酸などが使用されることが多いようです。また,逆相モードにおいてはできるだけイオン対試薬を使わない,水リッチよりは有機溶媒リッチな組成にする,といった工夫が必要となります。

分取後にバイオアッセイを行なう場合には,その妨害となるもの(例えば毒性の高い溶媒など)を移動相に添加しないことも重要です。

2. コスト

分取サイズともなれば,HPLC 装置(特にポンプ)やカラムが高価になりますし,移動相の消費量も著しく増えます。コスト的に見合うかどうかをよく検討しましょう。例えば,分離や負荷圧の面で問題がないのなら,高価なアセトニトリルよりも安価なメタノールを選択するのが適切です。さらに,純度面でも問題がなければ,試薬のグレードを HPLC 用から特級,あるいは一級試薬に下げることも検討すべきでしょう。さらに,試料成分が溶出しない時間帯の溶出液を移動相びんに戻すことができる流路切換バルブ(溶媒リサイクルバルブ)を用いれば,溶媒消費量を低減できる可能性があります。

一般に分取カラムは高価なので,その消耗によるコストも無視できません。なるべくその延命を図るため,ガードカラムを装着し,可能な限り低めかつ変動の少ない負荷圧で使用することをお勧めします。

3. 安全性

使用する溶媒の量が増えますので,液漏れなどの対策も抜かりなく行う必要があります。例えば,ポンプのプランジャシールからの液漏れに備え,プランジャヘッド下部にトレイなどを設置するとよいでしょう。

可燃性溶媒を使用するときは特にご注意ください。周辺に引火の恐れがある機器を置かないこと,静電気による引火が発生しないよう廃液タンクにアースを設置することなどの対策をしてください。