vol.26 NOの脱硝反応における赤外分光を用いたガスの定量

執筆者紹介

vol.26 NOの脱硝反応における赤外分光を用いたガスの定量

村山 徹 先生

首都大学東京 金の化学研究センター 特任准教授 (ご所属・役職は2016年5月発行時)

1.はじめに
 火力発電などのボイラーから排気されるガス中の窒素酸化物を無害化する技術として,NH3,CO,H2,炭化水素,アルコール等の還元剤を使用する選択的触媒還元(SCR)がある。排ガスの脱硝技術の中では,NH3による選択的触媒還元(NH3-SCR)が最も普及している技術である1,2)。現在使用されている触媒は,VOx/TiO2系の触媒であり,400℃以上の高温で触媒活性を示す。窒素酸化物のNH3-SCRが200℃以下の低温で反応が進行すれば,プラント設計上の自由度が向上するため,低温でも高活性を示す触媒の研究開発が行われている。
 窒素酸化物のNH3-SCRの研究において分析対象となるガスは,基質のNOとNH3およびO2に加え,N2,NO2,N2Oである。この場合,ガスの定量方法として化学発光方式によるNOx計を主に用いる。しかしながら,NOx計では,NH3およびN2Oの定量ができず,触媒の転化率や選択性を議論する研究用途としては不向きであり,別途N2O計を準備する必要がある。ガス定量方法として,次に挙げられるのがガスクロマトグラフ法であるが,対象ガスはppmオーダーのNOx種にO2が4~20%が含まれるため,カラムの選定とピークの分離に留意が必要である。ガスクロマトグラフでは,N2,O2の定量が可能であるが,NH3,NOx種は分離または解析が困難なガス種である。また,質量分析(MS)を検出器に用いた方法では,NOx種のフラグメントピークが重なり,正確に定量を行うことが難しい。そこで本稿では,NOのNH3-SCRにおける反応ガスの分析に赤外分光法を利用した方法を例として紹介する。赤外分光法を用いれば,一度にNH3,NO,NO2,N2Oの定量が可能であり,ガスクロマトグラフと組み合わせることで,O2,N2を含めた全てのガスの分析が可能となる。

 

 

2.赤外分光法による希薄ガス(ppmオーダー)の分析
 赤外分光法によるガス成分の分析において,FT-IR装置の選定およびガスセルの選定が重要である。これらの詳細および注意点は,SHIMADZUのウェブサイト(FT-IR基礎・理論編)にても紹介されている。
 ガス試料の場合,液体試料や固体試料と比較して密度(濃度)が低いので,ガスセルの光路長を適切に選択する必要がある。物質の吸収強度はランバート・ ベールの法則に従うので,希薄ガス(ppmオーダー)の分析の場合は光路が長い方がよく,長光路ガスセルを用意する必要がある。また,実際の触媒反応で行 われる反応ガスを分析する際には,水分共存下における実験を行う必要性があり,さらに反応副生物によるセル内の汚染が不可避であるので,加熱型のガスセル が望ましい。
 FT-IR装置に求められるスペックについて,ガス分析では分子振動以外に回転エネルギー準位間の遷移に基づく吸収が微細構造となって多数現れるため,微細構造を明確に得るためには高分解で測定する必要がある。最近の機種は,ほとんどの装置で0.5cm-1以 下の高分解で測定できるため,この要件はあまり問題にならない。検出器の選択は,用いるガスセルの光路長と測定するガス濃度により決まる。長光路ガスセル を用いると,ミラーの反射率により赤外光が減衰するため,高感度のMCT検出器の方が好ましいが,光路長に余裕を持った長光路ガスセルを選択すればTGS 検出器であっても測定が可能である。
 Fig.1に我々の研究にて使用した反応装置図を示す。後述するNOのNH3を用いた選択的触媒還元(NH3-SCR)を例にすると,水分共存下での実験および硝酸アンモニウム(または,SO2共存下においては硫酸アンモニウム)によるセル内の汚染が考えられるため,加熱型ガスセルを利用した。シグナルノイズ比は分析精度に直結するので,セル内のガス置換または洗浄のために,真空ポンプ設置すると便利である。赤外分光法を用いてNH3,NO,NO2,N2Oの定量を行い,ガスクロマトグラフにてO2,N2を定量した。Fig.2にアルゴン中にNH3,NO,NO2,N2Oを各々400ppm含むガスを分解0.5cm-1, 積算回数80,TGS検出器を用いて測定した結果を示す。実際の試験では,これらの混合ガスが得られるため,定量するためのピークは互いに干渉しないピー クを選択する。Fig.2の下段には,例として他の成分の干渉を受けない各々の波数を抽出して示した。この他にも,CO2や水蒸気のピークと重ならないピークを選択する。特に反応系に水分を多量に含む場合は,水蒸気のピークが広範囲にわたるため,分解を上げピークを注意深く選択する,またはメンブレン式ドライヤーなどを用いて分析ガス中の水分を取り除く等の工夫が必要である。

 

Fig.1 NOのNH3を用いた選択的触媒還元(NH3-SCR)における反応装置図

Fig.1 NOのNH3を用いた選択的触媒還元(NH3-SCR)における反応装置図

Fig.2 NH3,NO,NO2,N2OのFT-IRスペクトル

Fig.2 NH3,NO,NO2,N2OのFT-IRスペクトル
(各成分の濃度:400ppm,バランスガス:Ar,TGS検出器,ガスセル温度:60℃,積算回数:80,分解0.5cm-1

3.NOのNH3を用いた選択的触媒還元(NH3-SCR)
 200℃以下の低温で作用するNOのNH3-SCRの開発において,既報の論文の多くはMnO2系の触媒を利用して行われている3,4)。その定量手法は,NOx計とガスクロマトグラフを主としており,NOとNO2をNOx計,N2およびN2Oをガスクロマトグラフにて分析している。Fig.3に市販のMnO2触媒を用いてNOのNH3-SCRを行い,反応温度120℃における出口ガスをFT-IRにて分析したデータを示す。このときのガス導入量はNO 250ppm,NH3250ppm,O24vol%,Arをバランスガスとし,総流量は250mL min-1とした。Fig.3に示したように,得られたスペクトルはNH3,NO,NO2,N2Oの各成分が混合している。このスペクトルを解析し定量する方法は,各成分のピークの指定と検量線のデータがあれば,ソフトウェア上で容易にできる。得られたピークから定量を行い,また温度を変化させて実験を行った結果をTable1にまとめた。MnO2触媒は200℃以下において約90%のNO転化率を示した。また,NH3もNOとほぼ1対1で反応していることが分かる。生成物の選択性は,100℃においてはN2選択率が80%であり,N2Oが20%観測された。反応温度が上昇するにつれてNO2およびN2Oの選択率が増加しているのが分かった。MnO2触媒では200℃以下の低温でN2Oが生成するため,N2選択率の改善が必要であり,転化率と選択性の向上のため担持触媒や複合化触媒等の開発が行われている。

Fig.3 NOのNH3-SCRを行ったときの出口ガスのFT-IRスペクトル

Fig.3 NOのNH3-SCRを行ったときの出口ガスのFT-IRスペクトル(MnO2触媒,反応温度120℃)

Table1 MnO2触媒によるNOのNH3-SCR

Table1 MnO2触媒によるNOのNH3-SCR

触媒:MnO2(0.375g),
流通ガス:250ppm NO,250ppm NH3,4vol% O2,Arバランス,
流速:250mL min-1

 

4.おわりに
 NOのNH3-SCRにおける反応ガスの定量分析に赤外分光法を利用した方法を紹介した。赤外分光法を用いれば,一度にNH3,NO,NO2,N2Oの定量が可能であるため,簡便かつ有用な方法である。無機ガスおよび有機物の定量分析にはガスクロマトグラフを用いるのが主流であるが,カラムでは分離できない成分や検出器に適さない成分も存在する。FT-IRはO2,N2,H2,He,Arに対し不活性であるため,ガスクロマトグラフと相補的な関係にあるとも言える。そのため,反応系によっては大変有用である。本稿が,FT-IRによるガスの定量分析の一助となれば幸いである。

 

参考文献

1) Journal of the Japan Institute of Energy(エネルギー学会誌), 94 (2015) 1008.
2) H. Bosch, F. J. I.G. Janssen, Catalyst Today, 2 (1988) 369.
3) M. Kang, E. D. Park, J. M. Kim, J. E. Yi, Applied Catalysis A: General 327 (2007) 261.
4) G. Qi, R. T. Yang, R. Chang, Applied Catalysis B: Environmental 51 (2004) 93.

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