地球温暖化の問題が深刻化する中で,CO2削減をめざしたさまざまな対策が世界的に取り組まれています。CO2発生の大きな原因となっている化石燃料の代替となる自然エネルギー(風力,水力,太陽光など)の導入はその代表的なものですが,省エネルギー の観点からは今までの生活を見直して無駄なエネルギー消費を削減することも重要な方策の一つです。遠赤外線放射材料は工業製品や家庭用電化製品において,特に加熱装置や保温装置のヒータ,炉材として利用されていますが,その効率的な活用は省エネに貢献するものとして今後もますます期待されています。
ここでは,遠赤外線放射材料を評価するうえで基礎的なデータとなる分光放射率スペクトルについて,測定システムと測定例をご紹介します。

 

1. 分光放射率

図1 黒体の分光放射発散度

 放射率とは,「放射体の放射発散度とその放射体と同温度の黒体の放射発散度との比」として日本工業規格JIS Z 81171)で定義されています。さらに,分光放射率とは,「放射率を各波長(波数または振動数)成分の関数として表したもの」1)になります。
 黒体とは,「すべての波長の放射を完全に吸収する仮想的な物体」1)で,黒体から放射されるエネルギーは波長と物体の温度の関数として表されることが,プランクの法則として知られています。図1はプランクの式から求めた100, 200,400,600℃の黒体の分光放射発散度です。
 実際の測定に際しては,理想黒体に近いものとして黒体炉を用い,それを基準にした試料の放射率を測定します。

プランクの式
 Me(λ,T)=(C15)/〔exp(C2/λT)-1〕 〔W・m-2・μm-1
ここで、C1: 放射第一定数,C2: 放射第二定数
C1=2πhc2=3.741771×10-16〔W・m2〕,
C2=hc/k=1.438775×10-2〔m・K〕

2.分光放射率測定システム

図2 不均一異物の測定結果 上段:測定位置A,下段:測定位置B 写真中青枠:測定位置(20×20μm)
図2 分光放射率測定システムの外観

 日本工業規格のJIS R 18012)には,FTIRによる分光放射率測定方法が記載されています。ここでは,FTIRを用いた放射率測定システムをご紹介します。分光放射率測定システムは,FTIR本体(IRPrestige-21)と黒体炉,試料加熱炉,温度コントローラーおよび付属光学系から構成されます。
図2はその外観写真です。
 JIS R 18012)で規定されているのは,FTIRを用いた「波長2.5μm程度から波長25μm程度」までの範囲で測定する方法です。「遠赤外線」の定義については,JIS Z 81171)においても明確な波長範囲が定義されておらず,たとえば遠赤外線協会では「約3μm~1mmとしている」というように業界によって定義が異なっています。測定試料が「遠赤外線放射材料」と言われるものであっても,その測定については「(赤外)放射率測定」,あるいは「輻射率測定」と呼ばれ,「遠赤外放射率測定」という言い方をされないのは,分光学的定義では波長25μm以上の光が遠赤外線とされているからです。
 以下に,システムを構成する黒体炉,試料加熱炉,および FTIRについてご説明します。

2.1 黒体炉

図3 黒体炉

 黒体は外部から入射する電磁放射をあらゆる波長に渡って 完全に吸収する物体のことで,完全な意味での黒体(理想黒体)は存在しません。したがって,放射率測定に際しては,黒体に近いものとして黒体炉を使用します。黒体炉は黒体を近似 的に再現した装置で,基準光源として使用するものです。
JIS Z 81171)には,「実施例として金属,黒鉛,セラミックスなどでできた空洞を300~1500K程度の温度に維持し,その開口から放射される放射束を取り出す構造のものがある。」と記載されています。一般的な黒体炉は図3に示したように,ヒータで囲まれた球形の空洞に直径2cm程度の穴が開いたものが使用されます。

2.2 試料加熱炉

図4 試料加熱炉
図4 試料加熱炉

 試料加熱炉は試料を加熱するための装置で,試料を垂直に保持するものもありますが,図4のように試料設置部が水平になったものが一般的です。設置できる試料サイズは直径数cm程度のものですが,測定に必要なスポットサイズは1cmφ程度であるため,試料の大きさが1cm程度しかない場合は少しの位置ずれで測定結果が変化するため注意が必要です。また,1000℃以上の高温に対応した試料加熱炉は試料サイズを大きくするのが困難なため,測定試料にあわせた仕様打合せが必要です。
 通常,測定できる試料形状は板状のもので,それ以外の湾曲したもの,粉末状のものなどは正確な測定ができません。その理由は,試料表面に温度ムラが生じ,表面温度が正確に測れないためです。
 黒体炉と試料加熱炉には温度モニター用の熱電対が設置されており,温度コントローラーによって温度制御が行われます。

2.3 FTIR(フーリエ変換型赤外分光光度計)

 FTIRは赤外光源を内蔵し,試料室に置いた試料に赤外光を照射して吸収スペクトルを測定する装置です。FTIRを放射率測定に利用する場合は,FTIRの赤外光源をOFFにして,その代わりに外部からの黒体炉および試料加熱炉からの放射を測定できるようになっています。したがって,光源の代わりに外部からの放射光を導入するために,付属の光学系が必要となります。図2の外観写真では,FTIR側面に付属光学系が設置され,手前に試料加熱炉,奥に黒体炉が配置されています。
 このシステムでは試料室を用いた通常測定にも対応できます。

3. 放射率測定の実例

 測定手順としては,まず測定したい温度に黒体炉および試料加熱炉の温度を設定します。黒体炉の温度が設定温度で安定した後,その放射エネルギーをバックグランドとして測定し,続いて試料加熱炉側に光路を切り替えて,設定温度に加熱した試料表面からの放射エネルギーを測定します。このとき重要なのは黒体炉の温度と試料表面温度を一致させることです。試料加熱炉は熱電対が設置されているヒータ付近の温度をモニターして温度制御されているため,試料表面温度は試料加熱炉の設定温度より低くなります。試料表面の温度を正確に黒体炉の温度と一致させるためには試料表面に熱電対を設置したり,試料表面に黒体塗料を塗ってその放射率を測定して温度調整するなどの方法があります。
 以下に,アルミナセラミックスとガラス板を測定した例を紹介します。

3.1 アルミナセラミックスの測定

 厚さ1mmのアルミナセラミックスの円板を450℃に加熱して分光放射率を測定しました。黒体炉および試料の放射エネルギーの測定値を横軸波長表示で示したものが図5になります。分光放射率は両者の比をとったもので,図6がその結果です。波長6~10μmあたりで放射率が100%に近いことがわかります。分光放射率が求まれば,先に示したプランクの式から得られる黒体の分光放射発散度に試料の放射率を乗じることによって,試料からの分光放射発散度を求めることができます。図7にプランクの式とアルミナセラミックスの分光放射率から求めた450℃の分光放射発散度を示しました。

図5 黒体炉とアルミナセラミックスの放射エネルギー
図5 黒体炉とアルミナセラミックスの放射エネルギー
図6 アルミナセラミックスの分光放射率スペクトル
図6 アルミナセラミックスの分光放射率スペクトル
図7 450℃における分光放射発散度
図7 450℃における分光放射発散度

3.2 ガラス板の測定

 厚さ5mmのガラス板を300℃で測定した時の分光放射率スペクトルを図8(a)に示します。図8の(b),(c)は同じ試料の反射スペクトルと透過スペクトルを示しています。
 物体に入射した光はエネルギー保存の法則から全体のエネルギー量を1とすると下記のように表されます。

1=α+ρ+τ
(α:吸収率,ρ:反射率,τ:透過率)

 不透明体ではτ=0で,キルヒホッフの法則から温度平衡状態にあるとき放射率εは吸収率と等しくなるため,放射率は1から反射率を引いた値となります(ε=1-ρ)。
 図8の結果からこのガラスの透過スペクトルは4μm以上の波長では透過率がほぼ0%であり,ε≒1-ρとなってます。このことからも,図8の放射率スペクトルが妥当なものであることがわかります。

反射スペクトル(b),および透過率スペクトル(c)
図8 ガラス板の分光放射率スペクトル(a)と
反射スペクトル(b),および透過率スペクトル(c)

4. まとめ

 かつて日本は1970年代に石油ショックと言われるエネルギー危機の時代を経験しました。その時代背景のなか省エネルギーの目的のためにわが国では遠赤外線放射材料の開発に弾みがつきました。今また地球温暖化という課題を前に,新たなエネルギー源への転換,省エネルギーを迫られる時代を迎えています。遠赤外線放射材料の効率利用がますます進められていくなかで,遠赤外線放射材料の評価手法である分光放射率測定の正しい理解が広がることは重要と思われます。分光放射率の測定をはじめ,遠赤外線放射の効果や特性については高嶋廣夫先生の著書3)に詳しく紹介されていますのでご参照ください。

参考文献
1)日本工業規格JIS Z 8117 遠赤外線用語
2)日本工業規格 JIS R 1801 遠赤外ヒータに放射部材として
 用いられるセラミックスのFTIRによる分光放射率測定方法
3)高嶋廣夫“やさしい遠赤外線工学”工業調査会(1988)