FTIR分析 Q&A

FTIR TALK LETTER の記事から,"FTIR分析についてよくあるお問い合わせQ&A"をご紹介します。
Q:FTIRは環境の影響を受けますか?(お問い合わせ番号0101)
A:  水蒸気,二酸化炭素などによって影響を受けます。 例えばバックグラウンド測定とサンプル測定との間に試料室など光路中の水蒸気や二酸化炭素量が変化するとそれらの吸収がスペクトルに現れます。 これを除去するには「両測定をすばやくして環境変化が起こらないうちに測定をしてしまう」「乾燥空気,高純度窒素などで光路をパージし,環境を安定させる」などの方法がありますが, IRsolution であれば大気補正機能により除去可能です。 特に水蒸気の吸収領域(4000-3400,2000-1300cm-1)に現れる微小ピークを高感度,高精度に測定したい場合には水蒸気による光量ロスがない方が良いので,環境変化とは別に水蒸気量を減らして光量を増やす目的でパージを行ないます。 参考までに水蒸気と二酸化炭素のピークを示します。
  水蒸気のスペクトル
水蒸気のスペクトル
二酸化炭素のスペクトル
二酸化炭素のスペクトル

Q:ATR法で測定する場合,プリズムと試料の密着部における赤外光の潜り込み深さはどのぐらいですか?(お問い合わせ番号0102)
A:  ATR法 で測定する場合,光の潜り込み深さに寄与するファクターとしては(1)波数 (2)入射角度 (3)屈折率があります。 それらを考慮して,密着部の試料潜り込み深さを求めるためには,以下の式が適応されます。
    
   ここでθは赤外光の入射角,n1n2はそれぞれプリズムと試料の屈折率,λ1はプリズム中の波長(λ1=λ/n1 , λ は空気中の波長)です。

(1) 波数
 上式より低波数(長波長)側ほど潜り込み深さが深くなり,下図のように透過法で測定したスペクトルと比較すると,得られるスペクトルは低波数側のピーク強度が非常に強くなります。
  透過法のスペクトル
透過法のスペクトル
ATR法のスペクトル
ATR法のスペクトル
 
(2)入射角度
 入射角度が大きくなると,潜り込み深さは浅くなります。

(3)屈折率
 異なった屈折率のプリズムを用いて同一試料を測定した場合,屈折率の高いプリズムでの測定の方が潜り込み深さは浅くなります。 また上式を用いて光の潜り込む深さについての理論計算を行なうことが可能です。
  潜り込み深さの理論計算

波数/cm-1 プリズム(屈折率)
ZnSeもしくはKRS-5 (2.4) Ge (4.0)
 4000 0.5μm 0.17μm
 3000 0.66μm 0.22μm
 2000 1.01μm 0.33μm
 1500 1.35μm 0.44μm
 1000 2.01μm 0.66μm
 400 5.03μm 1.66μm
   理論計算に用いた入射角度は45°で,試料の屈折率は一般的な有機化合物の屈折率(n2=1.50)を用いて計算しています。 よって例えば多層フィルムの場合には,プリズムの選択によって得られるピークが異なる場合もあります。
Q:KBr錠剤法,拡散反射法で測定しているのですがサンプル濃度はどれくらいがよいのでしょうか(お問い合わせ番号0104 )
A:  KBr錠剤法の場合一般的にKBrの量に対して1%前後がよいとされています。 実際にはサンプルによって分子吸光係数が異なりますので透過率や吸光度を目安にしながら調整します。
 スペクトルの一番大きなピーク強度が透過率で10%程度(吸光度で1Abs程度)になるようにするとよいとされています。 例として乳糖を測定したスペクトルを示します。(図1参照)
KBr錠剤法で適正濃度のスペクトル
図1 KBr錠剤法で適正濃度のスペクトル
   最大ピークの強度が透過率100%に近い場合は,ピークと比較してノイズがより大きく見えます。
それに対して最大ピークの強度が0%に近づくいていくと吸収ピークが飽和していきます。 このため正確なスペクトルが得られませんので特に気をつけてください。(図2参照)
KBr錠剤法でピークの飽和したスペクトル
図2 KBr錠剤法でピークの飽和したスペクトル
   拡散反射法 ではKBrに対して濃度は5%前後がよいとされていますが,やはり最大ピークの強度を目安にして濃度を調整します。 ただ拡散反射法の場合,サンプルの表面反射の影響で反射率10%でも吸収が飽和することがあります。 より高めの反射率に調整したほうがいいでしょう。(図3参照)
 フィルム法や液膜法,顕微鏡透過測定などの透過測定法においても最大ピークの透過率(10%前後)を参考にサンプル厚さや光路長を調整するとよいでしょう。
 微量成分のピークを確認したい場合には,意図的にサンプル濃度を高めにして測定することもあります。
拡散反射法で濃度を変えた場合のスペクトル
図3 拡散反射法で濃度を変えた場合のスペクトル
Q:スペクトルに4000~3400cm-1,2000~1300cm-1付近にノイズが見られるのですがこれをなくすにはどうしたらよいのでしょう。(お問い合わせ番号0105)
A:  4000~3400 cm-1,2000~1300cm-1に見られるのは水蒸気(H2O)の吸収です。 環境の変化により水蒸気量が変化したためノイズのような吸収が見られるようになります。 また水蒸気以外にも二酸化炭素(CO2)の吸収が2350cm-1付近と670cm-1付近に見られることがあります。
 バックグラウンド測定を行って,なるべく直ちにサンプル測定を行うことで,できるだけ水蒸気,二酸化炭素の影響少なくすることができます。 また乾燥空気や窒素によるパージを行うことで影響を少なくする方法があります。 しかしパージを行うには乾燥空気供給装置や窒素ボンベなどの設備が必要です。
IRsolutionソフトウェアには大気補正機能が搭載されています。 大気補正機能により簡単に水蒸気,二酸化炭素の影響を少なくできるようになりました。
  水蒸気,二酸化炭素の影響
水蒸気,二酸化炭素の影響
Q:スペクトルのベースラインが曲がる理由について教えてください。(お問い合わせ番号0106)
A: 赤外スペクトルのベースラインが曲がる原因には下記のようなものがあります。

  (1) 散乱による影響(透過法,正反射法など)
   表面が粗面の試料や無機化合物の粉末が混合された試料などの透過スペクトルはベースラインは左下がり(%T表示)になることがあります。 これは,照射された赤外光が試料表面や内部で散乱するためですが,この影響は短波長の光ほど多くなります。 このため,散乱による影響を受けた赤外スペクトルは波長の短い高波数側ほど大きく下がる(%T表示)ことになります。
 右図は,散乱による影響で左下がりになったステアリン酸マグネシウムの顕微鏡透過スペクトルです。
ステアリン酸マグネシウムの顕微鏡透過スペクトル
ステアリン酸マグネシウムの顕微鏡透過スペクトル
  (2) カーボンブラックなどによる影響(ATR法)
   黒ゴムなどカーボンブラックを含む試料のATRスペクトルはベースラインが右下がり(%T表示)になります。 カーボンブラックは4000~400cm-1の全領域に吸収を持ちますが,ATR法では波長の長い低波数側ほどもぐりこみが深く,カーボンブラックによる影響が大きくなります。 その結果,右下がり(%T表示)のスペクトルとなります。 カーボンブラック含有ブチルゴムのATRスペクトル
カーボンブラック含有ブチルゴムのATRスペクトル
  (3) 干渉縞による影響(透過法,正反射法など)
   フィルムなど表面が平滑な試料の透過スペクトルを測定するとベースラインが規則正しいサインカーブのようになることがあります。 これは干渉縞で,試料の内部で多重反射した光による影響です。 右図に干渉縞の影響を受けたポリスチレンとポリプロピレンの透過スペクトルを示します。 サンプルの厚さと屈折率により縞の長さが異なります。 ポリプロピレンとポリスチレンの透過スペクトル
ポリプロピレンとポリスチレンの透過スペクトル
  (4) BKG測定による影響

 金属表面膜の正反射測定等において,リファレンス用試料の表面状態と試料(測定位置)の状態とが異なると,ベースラインに影響を与えます。 例えば、リファレンス試料の表面状態が試料よりも荒く,曲面であった場合はスペクトルのベースラインは100%T以上になります。
Q:赤外顕微鏡用に用いられるMCT検出器には,波数範囲の異なるものがありますが,何を基準に選択すればいいのでしょうか。(お問い合わせ番号0107)
A:  弊社の赤外顕微鏡AIM-8800 の場合,MCT (HgCdTe) 検出器にはタイプ 1とタイプ2の2種類のタイプが用意されています。 タイプ1の測定可能な波数範囲は,5000~720 cm-1であるのに対して,タイプ2は5000~650 cm-1と低波数側がやや広くなっています。
 これはMCT検出器の素子を構成している水銀,カドミウム,テルルのうち,前2者の混合比を変えることによって調整されています。 ただし,波数範囲が広がると感度が低下します。 したがって,検出器の選択に際しては,微小領域の測定感度を優先するのであればタイプ 1が適しており,対象試料の700~650 cm-1付近のピークに注目したい場合はタイプ2を選択したほうが良いといえます。
 参考までに700~650 cm-1付近に吸収をもつポリマーのスペクトルを下図に示しておきます。 上からポリスチレン(PS),ポリエチレン(PE),ポリブタジエン(BR),ポリ塩化ビニル(PVC),ポリ塩化ビニリデン(PVDC)です。 700~650 cm-1付近に現れる吸収としては,C-Hの面外変角振動やC-Cl伸縮振動などがあります。
  700~650 cm-1付近に吸収をもつポリマーのスペクトル
700~650 cm-1付近に吸収をもつポリマーのスペクトル
Q:MCT検出器は高感度検出器と言われますが,どういう場合に必要なのでしょうか。(お問い合わせ番号0108 )
A:  一般的にMCT検出器が使用される例としては,赤外顕微鏡測定,真空過熱拡散反射測定,長光路ガスセルによる測定,GC-FTIR測定などがあげられます。 これらの場合に共通しているのは,いずれも検出器に届く光量がかなり弱くなるということです。 このような場合には,標準検出器に比べてMCT検出器の有効性が顕著に現れます。 ところが光量が充分に強い場合にMCT検出器を使用すると,高感度になるどころか返って正確なスペクトルが得られなくなる場合がありますので注意が必要です。
 白色フィルムの透過スペクトルを1mmφおよび18mmφのマスクを用いて,標準検出器とMCT検出器で比較してみました。 ピークの直線性を確認する意味でフィルム1枚と2枚重ねで測定した結果を重ね書きにして図1~図4に示しました(赤線:1枚,黒線:2枚)。 測定条件は,分解4cm-1,積算10回です。
 図1の18mmφマスクを使用した標準検出器の結果に対して,図2のMCT検出器の結果ではピーク強度に直線性がないことがわかります。 一方1mmφマスクを使用した場合は,図3に示したように標準検出器ではS/N比が悪くなりますが,MCT検出器の場合は図4のようにS/N比も良好で直線性も維持されているのがわかります。
   
   以上のように,MCT検出器を使用する場合は,ある程度光量が弱いことが前提となります。 光量が強い場合は減光器(attenuator)などを用いて光量を少なくして使用する必要があります。 その他,波数範囲の特性 などを考慮した選定が必要です。
Q:赤外顕微鏡を用いて,どの程度の大きさまで分析できるのですか?(お問い合わせ番号0109)
A:  測定方法,試料の種類や状態にもよりますが,一般的には10μm程度までの分析が可能と言われています。 これは装置の感度的な問題(光量)と波長の問題が関係します(赤外領域は2.5~25μm)。 例えば,アパーチャを10μmに設定して測定を行なった場合,10μm以上(1000cm-1以下)の領域にはゴーストピークが出現したり,ピークがブロードニングを起こしたりすることがあります。
 金属板上のノボラック樹脂膜を様々なアパーチャサイズで測定した例を図1に示します。
 なお,ノイズによる影響を避けるために,それぞれ異なった積算回数で測定しました。

30μm: 分解 8cm-1 積算 20回 (約8sec)
10μm: 分解 8cm-1 積算 100回 (約40sec)
5μm: 分解 8cm-1 積算 400回 (約160sec)

 また図2には図1の1300~700cm-1の拡大図を示します。 これを見ると,5μmでもノボラック樹脂であることは分かりますが,低波数側でスぺクトル形状の変化がはっきりと見えます(図2参照)。
上記のように,10μm以下のアパーチャをかけた場合には低波数側からスペクトル形状が変化することに注意が必要です。
  ノボラック樹脂の正反射吸収スペクトル
  図1 30,10,5μmでのノボラック樹脂の
正反射吸収スペクトル
図2 図1の拡大
Q:顕微透過法で測定をするとノイズが非常に多くなります。 何が原因でしょうか?(お問い合わせ番号0110 )
A:  顕微鏡透過測定の場合にノイズ量が多くなる原因の1つとして,コンデンサー鏡の調整が良くないことが考えられます。 顕微鏡透過測定では,可視画像で異物がきれいに見えているようでも,光の焦点がズレていることがあります。 そのような時には試料台下部にあるコンデンサー鏡の調整が必要になります。 通常,顕微鏡の据付時には,試料台に窓板を置かない状態で光の焦点がMCT検出器の素子上で合うように調整されています(図 1左図参照)。 窓板を用いて測定を行なう場合には使用する窓板の材質によって屈折率が異なるために光路長が変化し,図 1の右図のようにMCT検出器上で焦点がずれてしまいます (空気の屈折率は1.0ですが,ダイヤモンドセルでは2.38,BaF2窓板では1.42です)。 そのような状態で測定を行なうと光量が減少し,その結果スペクトルにノイズが大きくなります。
 島津製作所製の赤外顕微鏡の場合,可視観察画面でピンホールの像を図 2の左図のように合わせることによって光の焦点と光軸が合い,最も感度が高くなります。
 図 3は,焦点が合っている場合とそうでない場合のスペクトルを比較した例です。 試料はダイヤモンドセル上の微小異物で,アパーチャサイズを10×10μmで測定したものです。 両スペクトルを比較すると,焦点が合っていない場合には非常にノイズが大きいスペクトルになっていることが分かります。
 なお,上記の調整方法は装置によって異なりますので,島津製作所製以外の顕微鏡をご使用のお客様は各メーカーにお問い合わせ下さい。
顕微鏡透過測定時の光路
図1 顕微鏡透過測定時の光路 可視画像によるピンホールの調整
図2 可視画像によるピンホールの調整 異物の顕微透過スペクトル
図3 異物の顕微透過スペクトル
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